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黄金を運ぶ者たち6 キャッチ①

この業界では、税関に摘発されることを「キャッチ」と呼んでいる。
  帰国日の朝を迎えた。午前中にホテルをチェックアウトし、午後の全日空便に搭乗、夜には成田着となる。香港空港での保安検査も出国審査も全員問題なくパスし、いざ「バナナ」を受け取ると、各自個人行動になってから飛行機に乗り込んだ。
 いつも通りに、機内食を食べ終わってしばらくしてから、機内のトイレで「バナナ」のポジションを調整してみた。やはり六本というのは存外に重く、調整してもしばらくすると、ポケットの付いた内側のスポーツティーシャツが徐々に垂れ下がってきてしまう。ズボンのベルトをキツく締めておかないと、重さで垂れてきた「バナナ」が脇にズレて、腹のシリコンの外にはみ出してくるのだ。もしもボディーチェックで、ベルトを緩める羽目になったらヤバいなぁ、と嫌な予感はしたが、もう今更どうすることもできず、いまひとつ不完全な状態のままになってしまった。
 そうこうしているうちに、飛行機は成田空港へ着陸。対策を練るにも打つ手がないままに、税関検査へと臨むことになった。
 いつもなら、税関検査官の「どちらからお帰りですか?」という一言から始まり、パスポートと税関申告書を渡す。何も聞かれないままスルーのこともあるし、聞かれるとしても、お決まりの渡航先や滞在日程のはずなのだが、この日はまるで様子が違った。 列に並んで数分、前にいた男性の検査を終えるや否や、二人体制で待ち構えていた検査官は僕に 「こういうモノをお持ちでありませんか?」 と、いきなり金塊の写真の載ったクリアファイルを見せてきたのだ。
 不意を突かれて一瞬心臓が止まりそうになったが、それでも僕が平然を装って
「いや」
 と答えた瞬間
「ちょっとボディーチェックさせていただいてよろしいですか?」
 と検査官がたたみかける。
 その背後にはもう一人の別の検査官が、既にスタンバイしていて、三人の検査官に取り囲まれてしまった。
 検査官たちの行動がこれまでと違い、素早く無駄がない。なんとなく怪しいからちょっと質問を掘り下げてみよう、という段階を一気に超えて、僕が絶対に何かを隠し持っていると、決めてかかっているようだった。
(完全に狙い撃ちだ)
 としか思えなかった。
 検査官たちが放つオーラがピリピリとしていて、剣呑過ぎる。本能的に危機を察知した僕の脳内では、瞬間的に様々なシミュレーションが駆け巡り、出した結論は
(とにかく、早く終わらせる)
 それが今取れる最善策だと思った。誤魔化して時間を稼いでも、誰も助けてくれないし、抜け道を探すことはもはや不可能だと悟ったのだ。
「腹に、あります…今のモノ…」
 僕は動揺を表に出さないように言ったつもりだが、喉の奥から振り絞って出た言葉なので、そうは聞こえなかったと思う。検査官の目が光り
「どこにあると言いました?」
 と顔を寄せてきた。僕が自分の手で腹を触ると、そこに検査官の手が伸びて、感触を確認される。はみ出た「バナナ」に検査官の指が当たったのが、僕にもわかった。
「別室に行きましょう」
 三人の検査官に左右と後ろを囲まれ、僕はそのまま、普通なら通ることのない検査室への通路に導かれた。
 なぜこんなことになってしまったのか…。歩きながら僕の頭の中では、ボスや利根川、メンバーみんなの顔、香港の街角の風景、孫さんの笑い声などが、グルグルと回っていた。この後に何が待ち受けているのかという重いプレッシャーに苛まれ、わずか十数メートルの通路が遥か先まで続くように感じた。

次話 6 キャッチ②

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