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黄金を運ぶ者たち16 キャッチその二

 高橋進は僕より一〇ばかりも年上、グループ内最年長。国立大卒で教養もあって育ちも良く、東北人のイメージそのままの朴訥な人柄で、音楽にのめり込まなければ(それも素人にとっては地味なベースという楽器なのだが)いわゆる堅実なエリート人生になっていたかもしれない。

若い頃音楽を夢として追った彼は、現在夢と折り合いをつけ、音楽は趣味としてアルバイト中心の生活を送っている。それを「残念な人生」という人もいるだろうが、傲慢なことだ。他人の人生に残念という値札を貼る資格は誰にもない。
高橋は過去への感傷や憐憫は捨てていて、その生き様はむしろ潔い。だが日々の肉体労働で染み込んだ粗野な濁りが、彼の高い知性や品格を覆っており、また、やや鈍な部分もあり「要領の悪いオッサン」というイメージを彼に持つものもいるだろう。

 僕は彼と酒の席で知り合った。自分で言うのもなんだが、僕は社交的で、見知らぬ環境におかれても、誰知らず話し掛けたり掛けられたりする。高橋が初め近づいてきた時(なんだこの胡散臭いオッサンは)と僕自身も思った。しかし話せば知識人で、純粋でもあり、僕はすぐ彼に好意を持った。親しみが昂じて件のイベント運営会社に誘って、しばらく一緒に働いたほどだ。そこで高橋は仙道と知り合っている。
この頃僕は仙道とほとんど口も利いたことがなかった。しかし、高橋と仙道の席は近く、親子ほど年の差がある二人が楽しく会話するのを、ほほえましく眺めたことがしばしばあった。そう言う意味では高橋のほうが僕よりも仙道との付き合いは古い。このような経緯で高橋は仙道と親しく、小森、岡島らとも仲良くやっていた。

 しかし利根川とはどうにも反りが合わない。利根川の目に映る高橋は人生の落伍者で、そのくせ賢しげにものを言う身の程知らずでしかない。その悪意は高橋にも伝わっているが、人の良い高橋は年下の利根川に腹を立てるのではなく、萎縮し空回りして、余計睨まれるという具合で僕も二人の関係をとりなすように努力したが、利根川の価値観がそのようなもののため、結局どうする事も出来なかった。

 その高橋と、小森そして小森の友人男性の三名に、ポーターの出番が回ってきた。この友人男性は出資をしてくれる可能性があるらしく、現場を見せてポーター経験をさせることで、仲間に引き込む計算が小森にはある。

 この頃、利根川は月利一五パーセントという狂気の金利で、一〇〇〇万を資金調達していて、僕らの運用は八本分の約四〇〇〇万円となっていた。

 というわけで、この回は高橋が四本、小森が二本、連れの男性が二本という割り当てで運ぶことになっていいた。

 また、意図したわけではないが、高橋の帰国便と、小森と連れの男性の帰国便は違うように手配されていた。なお、この時のバイヤーは山中という男が受け持ち、僕は自宅で休んでいた。

 朝、利根川から着信があった。
「真田さん。高橋が出てこない。キャッチだ」
 彼の声からはかつてない緊張感が伝わってきた。僕は息を呑む。言葉も出ない。

「真田さん聞こえてますか?」
 彼はやや大きめの声で問いかける。僕はやっとの思いで「ええ」とだけか細い声で応じた。
「小森さんたちは生還。高橋は到着時刻から一時間以上経ってます。わたしも生還した分は本日売却予定で、これから成田から離れます。夕方に合流しましょう。車で迎えに行きますよ」
 利根川はしっかりとした口調でテキパキと必要なことだけを伝えた。僕などよりよほど落ち着いている。
「わかりました」
 僕は言葉を何とか捻り出し、電話はそこで終わった。

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