黄金を運ぶ者たち14 初めの三人その後①
岡島弓子と大崎香織は生還し「スーパーキャッチ」は成功したが、問題がなかった訳ではない。
エアアジアのトランジットサービス「フライスルー」を利用するには、シンガポール―クアラルンプール―東京とまとめてチケットを手配しておく必要があった。
しかし大崎のフライトはシンガポール―クアラルンプール間と、クアラルンプール―東京間で別々に手配されており「フライスルー」が利用できなかった。
だがこれを使わなければ金塊をもったままマレーシアに入国し、出国の際にまた金塊を持ち出すという危険を冒さなくてはならなくなる。だからどうしても「フライスルー」を使って、マレーシアに入国することなく制限エリアに入らなければならなかった。仙道はこのことを把握しておらず、大崎がシンガポールからクアラルンプールに到着し、いざトランジットになった時にこのことが分かった。
現場の大崎から報告を受けた仙道は動顛し利根川に相談したがかえって二人とも狼狽したらしい。らしいというのは僕は香港へ向かう機上の人でやり取りに参加できる電波がなかった。大崎はスマホの先で右往左往する男どもには相談しても無駄だと早々と見切りをつけ。
持っていたクアラルンプール―東京間のチケットを職員に見せて粘り強く交渉し、成功した。大崎が帰国子女で英語に堪能だったのが幸いしたが、他のポーターでは難しかったであろう。
仙道の情報収集には不備があったが、ポーターの人選に間違いはなかったと言える。だがこのことがきっかけで利根川の仙道への評価は低下し、両者の関係は次第に悪化してゆく。
非正規に「フライスルー」を得た代償は後に羽田で払うことになる。二人を迎えに行った仙道は、岡島とはほぼ予定通り合流し、金塊を回収し別れたが、それから三〇分以上経過しても約束の場所に大崎は来なかった。(もしやキャッチ!)と仙道は相当動揺したが、取り澄ました顔で優雅に現れた彼女は
「ロストバッゲージで手続きしてたの」と事も無げに言ったという。
本来ならマレーシアに入国し荷物をピックアップした後に、もう一度チェックインする必要があるわけで、彼女の荷物は、その頃クアラルンプール空港のどこかで保管されているはずだ。それにしても金塊を身につけて、税関の前で悠々と手続きをするとは信じがたい強心臓である。
冷静に「フライスルー」交渉に臨んだことと言い、彼女の優秀さには舌を巻いた。そんな大崎に対して先輩であるはずの岡島は空港内で迷子になり、大崎との合流にも手間取る有様で、大きく株を下げた。
もともと自意識過剰気味の岡島はポーター経験が重なるうちに「私はこの仕事のために生まれてきたの」「私のボディーはポーターになるように作られた」などと口にするようになり、周囲はあきれ、少々浮いた存在になりつつあった。
「初めの三人」のうち西野と小森はポーターのリクルートにも成功しグループ内で尊重される立場にあったが、その点岡島は果たせず。
せめてポーターとしては自分が一番と見栄を張りたかったのだろう。その痛々しい虚勢を小森は煽り「そうね。凄いんだからギャラをアップして貰いなさいよ」とけしかけて自らも便乗しようとしていた。
古株の放言は新人に悪い影響を与えると考えた西野は、岡島をしばしば嗜めたため、岡島は西野を恨んだ。
その西野は僕らと行動をともにしていない。彼女は利根川の意を受け、毛沢東グループに残り、主に香港へ向かうバイヤーのスケジュールを仙道に伝えるスパイの役割を担っていた。仙道はその情報を元に僕らのバイヤーが、毛沢東のバイヤーとバッティングしないように調整していた。
そして彼女からは、利根川主導の下、毛沢東グループにいる西野の息がかかったポーターを使い、税関のキャッチを偽装し、金塊を奪取する「お仕置き」なるプランが動いていることを打ち明けられ、これに協力すべきか否か相談されていた。
彼女によると成功に次ぐ成功と、利根川というやんわり諫言し組織を引き締める部下もいなくなり、毛沢東は慢心し、情報管理は甘くなり、手口も運び屋の人選も杜撰になり、密輸本数も増大しているらしい。危機感を募らせていた西野に利根川が密かに持ち込んだのが「お仕置き」のようだ。利根川は
「毛沢東が失敗する前に、こちらで失敗を作って止めればいい」という理屈で彼女を丸め込もうとしていた。「お仕置き」というネーミングを考えてみると、以前、利根川が冴島から金塊の売買ルートを繋いで貰う条件が「お仕置きへの協力」というものだったことに思い至った。
となると裏には冴島も絡んでいるはずだ。僕は彼女に安易に受けないようにアドバイスしていたが、彼女の窮状を放置もできず、いかがしたものかと悩んでいた。
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