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物流業界のDXを推進する「ascend」日下 社長に聞く、起業の経緯と業界の未来

運送DX SaaS「アセンド・ロジ」を提供するascend株式会社(以後、acsend社)。ascend社は「物流業界の価値最大化」を掲げるスタートアップです。

今回は、代表取締役社長の日下さんに、株式会社サムライインキュベート Capitalist 齋藤 武仁がインタビューを実施。シンクタンク業界から物流業界、スタートアップに転身した経緯や「アセンド・ロジ」開発の理由、会社や業界の展望などについてお話を伺いました。

創業の経緯と業界への想い

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齋藤:はじめにascend社の事業概要や、創業の経緯について教えてください。

日下:弊社は「物流業界の価値最大化」をビジョンに掲げ、現在は運送管理SaaS「アセンド・ロジ」の開発・導入を行っています。これは弊社が対象としているドメインが物流で、第一の打ち手が運送業界という意味です。物流の根本的な機能は「時空間・需給の調整」にありますが、これは商売がある限り必ず発生する活動です。弊社が物流という言葉に拘る理由は、全ての業界に必要な機能としての物流を対象とするものであり、最終的にはロジスティクス、サプライチェーン全体に貢献したいという想いがあるからです。この想いに照らした場合、運送業界のデジタル化の遅延が致命的な制約条件になっています。一方で、運送業界はデータが非常に豊富であり、産業ポテンシャルを秘めてもいます。運送業界のDXを進めることにより、サプライチェーン全体、産業全体への貢献をするというのが我々が目指す世界です。

現在の運送業界の日常は、電話・Faxによる受注、管理は紙とExcelといったアナログ業務で運営されています。これが可能なのは地域・現場の皆さまの能力が非常に高く、デジタルに頼らずとも効率的なオペレーションが可能であったためです。しかし、現在の人出不足の状況に鑑みるに、また、更なる産業ポテンシャルを開放するためには、DXが必ず必要となります。
そこでascendでは、運送DX SaaS「アセンド・ロジ」を開発し、ローンチしました。アセンド・ロジは、運送管理をデジタル化することで業務の効率アップを狙うとともに、デジタル化により蓄積されたデータを活用しし、運送事業者の収益改善を狙う点に最大の特徴があります。

現在は信頼できるパートナー会社様とともに、クローズドな実証実験を進めています。事業者の皆さまからは「まさにこういうサービスを求めていた」、「物流データの具体的な活用方法が分かった」など、非常に高い評価を頂戴しております。

齋藤:日下さんは、ファーストキャリアはPwCコンサルティング合同会社でコンサルティング業界、セカンドキャリアは野村総合研究所でシンクタンク業界とキャリアを形成されていますが、そこからなぜ起業に至ったのか、経緯やきっかけを教えてください。

日下:「物流業界の価値最大化」の手段として起業という選択肢が最も効果的であったためです。元々は研究者志望で大学院までは政治哲学を専攻していました。しかし日本社会の廃絶すべき悪習として文系の院生への就活市場での低い評価があり、博士課程に至っては民間就職は極めて厳しくなります。博士課程に行くか就職するかを検討した際に、まずは一旦社会に出てみようと考え、折角ならという思いで、最もハードワークができると噂の「外資系のコンサルティング会社」を志望しました。
「外資・インターン」でググったらPwCがヒットし、幸いにも採用頂けたというのが、正直なところです(笑)。PwCではオペレーション部門に所属し、全社システムの刷新プロジェクトや調達コスト削減など、コンサルタントとして現場に張り付く貴重な経験をさせて頂きました。
PwCで2年間仕事をさせて頂いた後、政策提言や海外事業などよりスケールの大きなビジネスをしたいと考え、野村総合研究所(NRI)の社会システムコンサルティング部に転じました。NRIでは中央アジアにおける農業ビジネス機会の探索や極東ロシアにおける日系物流企業の参入機会調査など、海外でビジネスが生まれる前の段階をお手伝いさせて頂きました。もう一つの柱として10年先を見据えた物流業界への政策提言やDX戦略の立案など、サプライチェーン、ロジスティクスに関わる上流工程のお仕事もさせて頂きました。その意味ではNRIでの経験が直接的に今回の起業に繋がっています。

ではなぜ起業したかというと、数ある選択肢の中で起業が最も「物流業界の価値最大化」に貢献できると考えたからです。物流業界の中でも荷主業界ではファイネットやプラネットといった業界ごとの標準EDIやビールメーカーや食品メーカーを中心とした共同輸送など、先進的な取組みが進んでいます。この中で置き去りにされているのが運送業界であり、このボトルネックの解決がサプライチェーン、ロジスティクス、延いては日本の産業価値に貢献できると考え起業に至りました。

齋藤:PwCやNRIは年収も高く人気業種だったかと思うのですが、手放すのに抵抗はありませんでしたか。

日下:なかったです。自分の人生の中でお金には意味がなく、業界や産業構造、日本社会というものを舞台にして正面から戦える人間でいたいと思っていました。想定外に子どもが出来てしまったので多少は考えましたが、本気を出せばどうにでもなると思っています(笑)。「できるできないでなく、やるかやらないか」というサムライインキュベートさんのビジョンには心から強く共感しています。

物流業界の現状と今後の展望

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齋藤:今いろんな業界でDXが進む中、なぜ物流はデジタル化が遅れたのでしょうか。

日下:言うまでもなくIT投資がされてこなかったからです。IT投資をしていないのだから、デジタル化が進むはずもないのです。先ほど申し上げました通り、物流というファンクションは企業活動に必要不可欠です。それがアウトソーシングされる形で物流というファンクションがサービスとして独立(荷主企業の子会社化による分離)し、独立したファンクションは企業にとってコストセンターですからそこに投資はしません。
加えて、1990年の物流二法の改正がこの傾向に拍車をかけます。物流二法の改正自体は土光臨調の3公社解体の延長戦にある議論であるため、時代の要請であったことは事実です。しかし、適正な取引環境が用意されていない中での自由化は、運送事業者の交渉力を弱め、運賃の値下げに拍車がかかります。運賃は運送事業者の収益ですから、収益が減っては運送事業者としても投資はできない。これにより、独立した運送事業者によるIT投資のチャンスも絶たれたと考えています。国は運送業界のデジタル化が遅れていると平気で言いますが、業界の歴史と構造を理解すれば、よくそんなことが言えたなと腹立たしい限りです。

齋藤:このような状況下で物流業界は今後どのような道筋を歩むことになるのでしょうか。

日下:僕の考える将来のシナリオは3つです。1つ目は国内食品メーカーが合同で「F-LINE」という物流会社を設立したように、荷主が自社に物流を戻し、効率化していくという方法です。いわゆる「自営転換」の逆、「営自転換」が強くなります。
2つ目は、貨客混載のような理論でタクシーや鉄道などの他の輸送手段を使って陸上輸送を代替する動きが強くなります。日本のEC化率は現在7%弱であり、欧米の10%と比べてまだまだ伸びていく余地があります。ECに代表されるラストマイルの配送は荷物も小さいため、タクシーや自家車両等、多くの代替品が脅威となります。

3つ目が、GAFAのようなITメガプラットフォーマーが物流機能を広げていくという形です。Amazonは物流施設の建設を爆発的に進めており、自社ドライバーの確保にも積極的です。投資体力とオペレーションエクセレンスに秀でるAmazonは日本の物流業界の大きな脅威になると考えています。

繰り返しになりますが、ascendという会社は「物流業界の価値最大化」がビジョンです。上記3つのシナリオは消費者にとっては歓迎すべき点もあるかもしれませんが、我々は徹頭徹尾、物流・運送業界側に立ちます。物流DXを進めることにより、物流の社会的価値を向上させていくことが我々のミッションです。

「主語は業界」その意味とは?

齋藤:ascendとしてこれから長期的・短期的に実現していきたい未来像を教えてください。

日下:長期のビジョンとしてずっと言っているのは、「主語は業界」だということです。

齋藤:「主語は顧客」ではない、と?

日下:そうです。業界にどれだけインパクトを残せるかというのがうちの会社のミッションです。業界に貢献できるのであれば10万円のコンサルでも0円のボランティアでも、なんでもやりますというのがascendのスタンスです。
 実際に弊社では国や業界団体、事業者の皆さまと、運賃の適正化のための仕組み作りやドライバーの休憩所確保のための取り組み、物流DXについての講演会等々、数多くの活動をしています。

これらの取組みにより物流業界のプレゼンスを上げ、うちの会社のミッションを全力で実現していくというのが中長期的にみれば弊社の発展にもつながると思っています。事業の側面からTAMの最大化のための取組みと読み替えて頂いても結構です。
短期的には、弊社のメイン事業であるアセンド・ロジの開発を徹底的にユーザー様と向き合いながら進めています。スタートアップとして当たり前のことですが、目の前のユーザーのペインを正面から徹底的に深堀し、その上で顧客が見えている・期待している以上の成果を出せるプロダクト作りにこそ、最も多くの資金・リソースを注いでいます。ただし、アセンド・ロジはVertical SaaS且つユーザーの業務フローを置き換えるプロダクトですから相応の開発・オンボーディングの工数を要します。焦らずじっくりと、されど最大速度でプロダクト作りに専念しています。

物流業界での起業のチャンスとその適性

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齋藤:物流でDXの余地があるのはどのような分野だと思いますか。また、どういった人が物流で起業するのに向いていますか。

日下:物流といっても領域は広く、荷物も幹線輸送なのか宅配か一般貨物かなど、色々な軸があります。その中で今、ECの在庫管理やラストマイル配送などでBtoC物流スタートアップを行なう人や企業が出てきています。しかし、それを物流スタートアップと一括りにするのには違和感があり、僕としてはBtoBの一般貨物や幹線輸送のような物流の本丸を攻める企業が増えてきてほしいと思っています。

この意味の物流業界に向いている人材は、20代後半から30代後半位のある程度マチュアで且つ業界に浸かりきっていない人です。物流は技術的に最適化されているものや、すでに完成しているものが多く、その延長線上で何かを作ってもスタートアップに期待されるスケーリングを達成するのは難しいと考えます。しかし一方で既にオペレーションが完成されている世界であるため、若さと勢いだけで突破することも困難です。その意味である程度社会経験や業界の知識を持った中堅世代が起業家としては最もフィットすると考えています。

物流は地場産業ですから、地域・現場の皆さんの目線で話すことができなければ、技術があってもお客様はついてきません。一方、業界に入り込みすぎていても良いプロダクトができないので、令和の感覚で開発ができる目線も同時に持つ必要があります。

齋藤:実際に物流で起業するにはどの分野が良いですか。運送以外に物流業界で空いている分野についても教えてください。

日下:物流と言われて一番想起しやすいのがラストワンマイルだと思います。実際この分野では配送から再配達、在庫管理まで含めて多くのスタートアップが起業しています。空いてる分野としてあえて挙げるとすれば、卸は有力だと思います。卸といえば商流管理のイメージが強いと思いますが、物流までを含む「需給の調整」が卸の本来のファンクションと認識しています。卸業界でも必ず物流に関するペインはあるはずなので、卸の物流SaaSは未開拓の地なのではと推察しています。

齋藤:物流業界はあまり人気がなく、その理由として知識がないとできないこと、華やかでないことがあると考えます。そんな中で日下さんのモチベーションはどこにありますか。

日下:僕の感覚としては物流業界は産業の本丸であり、しかも社会インフラでもあり、さらに基幹産業でもあるので、興味がわかない人間の感覚が分かりませんというのが正直な感想です。スタートアップや物流という括りでなく、産業変革を志す起業家にはピッタリの分野だと思います。

齋藤:最後に物流業界で起業する人に対し、メッセージや応援のコメントをお願いします。

日下:業界全体のプレゼンスを上げていくために、ひとりでも多くの起業家がこの業界に参入して頂ければと思っています。この業界で起業する人は少ない一方、多くの人材が必要です。運送業界で6万社、荷主や卸も含めるとどれだけの人か関わっているのかわからない業界です。ひとりでも多くの起業者が参入してチャレンジすることが、物流の付加価値になっていくし、スタートアップ同士で切磋琢磨する環境ができてこそ、我々自身も成長できるはずです。

このインタビューを見て起業したいと思って下さる方がいらっしゃれば、僕にできる限りであれば全力で応援させて頂けますと幸いです。

基幹産業・インフラの分野でもスタートアップできる

今回は「ascend株式会社」代表取締役社長 日下 瑞貴さんに、物流業界で起業した経緯、事業の内容、業界の展望や将来のビジョン、サムライインキュベートとの協力体制などについてお話を伺いました。サムライインキュベートでは、物流というインフラの分野でスタートアップしようとしている起業家の方々へ向けての出資・事業立ち上げの伴走支援を行っています。少しでも興味を持たれた方は、サムライインキュベート キャピタリスト齋藤のTwitterや問い合わせフォームよりお気軽にお問合せください。

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