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聴くこと

傾聴は、聴き手が知りたいことを質問するのではなく、話し手が話したいことを聴くこと。そうすることで、話し手の気づきを推進し、変化、行動に導くことができる。

私がコーチ養成機関のCTIジャパンで学んだ傾聴は、コーチが球形のレーダーのように全方位でクライアントを聴く、というものだ。クライアントが発する言葉だけでなく、その源にある感情やエネルギーを聴き、コーチングの場を包む空気を聴く。この「レベル3の傾聴」から、コーチングセッションが進む方向や、クライアントの思考にアクセスする直感がひらめく。

私は新聞記者をしていたので、人の話を聴くことは訓練を積んでいて、得意だった。コーチングでもそれを生かせると思っていた。でも、コーチングを学び始めて最初に課題になったのは、その聴き方だった。

記事を書くためには、とにかく「詳しく聴く」ことが大事だ。取材の基本は5W1H。「いつ、だれが、どこで、何を、どのように、どうした」を明確に聞かなくては、第三者に伝わる記事は書けない。CTIの基礎コースで、初めて挑戦した私のコーチングは「詳しく聴く」クセがそのまま出ていた。それはクライアントを知るための私のための問いになってしまっていて、クライアントが自分自身に入り込むための問いではなかった。手元にはクライアントの言葉をひとつも聞き漏らすまいと、詳細に書き込んだメモが残っていた。いま思い返すと、クライアントに起きたことは理解できていたけれども、クライアントが私のコーチングを受けてどう変化をしていったかは、まったく覚えていない。

基礎コースのリーダーは、私にまずメモを取るのをやめるよう提案した(指導ではない、どうするかを選ぶのはあくまでも私、というのがコーチングのスタンス)。メモを取るのをやめるのは、本当に恐ろしいことだった。聴いた話を再現できなくなる=記事が書けない、ということだからだ。その怖さが、コーチとして最初のハードルだった。

勇気を出してメモを取らずに聴くと、自然と意識はクライアントの言葉ではなく、表情やエネルギーに向く。「聴こう、聴かなきゃ」と縮こまらずに、クライアントをキャッチする表面積を大きくするイメージ。その体感覚がつかめると、「レベル3の傾聴」ができるようになった。

新聞記者として身に着けた聴き方が邪魔をしているばかりではなくて、コーチングで役に立っていることもある。それは、どんな人にも言葉の「源」があると信じていることだ。私が話を聞いてきた人の中には、言葉にすることに価値を置いていない人がいたし、言葉にするのが得意でない人、言葉にすることをあきらめている人もいた。でも長い時間をかけて聴いたり、信頼してもらうことで、キラキラしたものがぽろりと出てきて「源」のありかを教えてくれる。私は、どんな人にもこの「源」があると信じて疑っていない。

新聞記者という身分ではないけれど、今も取材して記事を書くことがある。1年間のコーチングのトレーニングを経て、記事を書くための取材をして実感するのは、コーチング的な聴き方を身に着けたことで、聴き手としての私が成長した、ということだ。5W1Hを詳しく聴く、という基本に、その人が言葉にしていないものを聴く力が備わり、ただ言葉を引き出すだけのインタビューにはない、生き生きしたエネルギーが出てきたように思う。

聴くこと。
それは人が新しくなる「場」を創ること。

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