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過ぎ去りし日々

母がだいぶ年を取って足腰がままならなくなってきたので、私が病院の送り迎えをするようになった。
地元の病院で昔から診てもらっているところだ。
待合室でじっと待っているのも年老いた母には、だいぶ厳しくなってきているなと思う。

やっと、診察の順番が回ってきて名前を呼ばれ、月一回の診察をする。
診察が終わりまた、待合室に戻った時、
「あら〜! ◯◯さん! お久しぶり」と母に声をかける人がいた。
昔、同じ職場で働いていた人だという。
母もその人の顔に面影があったので、とても嬉しそうに話し始めた。
ちょっとしたプチ同窓会的なもの。
しかも再開したその日は、実に45年ぶりだそうだ…
こんなに年月が経っているというのに、母たちはニコニコしながら当時の仕事の辛かったこと、楽しかったことを話している。
誰かさんが亡くなったことや自分の病気のこと…話は尽きない。

まだ私が小さかった頃に母は働きに出た。
母は30代後半、父と共働きで3人の子供を育てた。
声をかけてくださった人も同じ子育て中の母親とあって、同じような思いに共感したのであろう。

高度成長期にあった日本。昭和の時代。
大量生産、大量消費…企業はこぞって商品を作り上げていく。
母たちの仕事は家電製品を流れ作業で部品を取り付けることだった。
母が家に帰ってもハンダ付けのイメージトレーニングをしていたのを覚えている。

同じような苦労をしてきた戦友みたいなものかもしれない。
45年も経っていてよく名前を覚えていたものだなと感心した。
母の5つ下だというから70代後半、すごい記憶力。
顔は覚えていても名前が出てこないのは定番なことなのに、その人にとって母はとても印象に残っていたのだろう。

とても良い再会の場面を目の当たりにした私は、こういう年の取り方をしたいものだなと思った。

「またここで会うかもね」と二人とも若かった頃の笑顔に戻っているようだった。
その笑顔のシワには今までの思い出がたくさん刻まれている。

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