"現代の"プログレッシヴ・ロックを考える: 古典主義(Classicism)と折衷主義(Eclecticism) 【前編】

はじめに

 「プログレッシヴ・ロック」というジャンルは、音楽に限らず多くの芸術様式がそうであるように、定義づけや区分のしかたが曖昧なケースが目立つ。とりわけ"プログレッシヴ"なアプローチが多種多様となってしまった現代では、体系的にこのジャンルを細分化することは容易ではなく、結果として極めて多くのスタイルの音楽が"プログレッシヴ"という一単語にて説明された(つもりになっている)のが現状である。
 本記事は前編・後編の二編を通じて、時代とともに多様化が進む「プログレッシヴ・ロック」の世界を、古典(classic)を重んじる"伝統"折衷(eclectic)を推し進める"革新"という普遍的な二対構図のもとで考察し、後世への参考の一つとしたい。


先行研究: Progarchivesにおける定義

 前編ではまず、ジャンル細分化の提案の一例として、海外のプログレッシヴ・ロック情報コミュニティサイトProgarchivesが(一部は独自に)定義・分類したサブジャンルをそれぞれ解説する。これらの区分の知識を踏まえた上で、後編の筆者自身によるカテゴライズ提案と比較していただければ幸いである。

1. Canterbury Scene (カンタベリー系)
 イギリス・イングランド南東部ケント州の都市、カンタベリーを中心に1960年代から勃興したジャンル。多くのグループはR&Bやジャズなどの要素をロックに積極的に取り入れていたが、ジャンル名が示す通り音楽的というよりは地域的な区分であるため、必ずしも音楽性の特徴は一致しない。また、彼らに強い影響を受けた個人/グループも、地域性を問わずこちらに分類されることがある。代表的なグループはSOFT MACHINE, CARAVAN, GONG, PICCHIO DAL POZZO(※イタリアのグループ。地域性を問わない例)など。

SOFT MACHINE - Virtually (イギリス)

CARAVAN - Golf Girl (イギリス)


2. Crossover Prog (クロスオーバー的プログ)
 クラシックやジャズなどの影響を受け、豊かな音楽的バックグラウンドを持ちながらも、実験性には重点を置かず、飽くまでメインストリームに通じるポップな要素を前面に押し出したサブジャンル。Progarchives独自の定義と思われ、THE MOODY BLUES, SUPERTRAMP, MIKE OLDFIELDなどが代表例として示されている。

THE MOODY BLUES - Nights in White Satin (イギリス)

SUPERTRAMP - Breakfast in America (イギリス)


3. Eclectic Prog (折衷主義的プログ)
 様々な音楽ジャンルやスタイルをその都度取捨選択し、活動期間のどの時期においてもほぼ常に本来の意味で"progressive"(先進的)な音楽を生み出し続けている個人/グループがこれに属す。プログレッシヴ・ロックの本質と言えるサブジャンル。主なグループにKING CRIMSON, VAN DER GRAAF GENERATOR, GENTLE GIANTなど。

KING CRIMSON - Starless (イギリス)

VAN DER GRAAF GENERATOR - Man-Erg (イギリス)


4. Experimental/Post Metal (実験的メタル・ポストメタル) 
 Experimental Metalはヘヴィメタルと他ジャンルの融合を試みるサブジャンルとして定義されているが、実験性を重んじる点において、一般的なプログレッシヴ・メタルとは別物として区別される。なお、Progarchivesの基準ではArt Metal, Eclectic Metal, Avant-garde Metalの順に実験性が高くなる。

DEVIN TOWNSEND - Deadhead (Art Metalの一例・カナダ)

ORPHANED LAND - Sapari (Eclectic Metalの一例・イスラエル)

UNEXPECT - The Quantum Symphony (Avant-garde Metalの一例・カナダ)

 一方のPost Metalは、1980年代後半から1990年代にかけて多様化したヘヴィメタルのサブジャンルのうちポストロックの性質に近いものを指す。ドゥームメタルとハードコアパンクの融合から生まれたスラッジメタルを出自とするグループも多い。

NEUROSIS - Locust Star (スラッジメタル系・アメリカ)

ROSETTA - (Untitled III) (ハードコア/ポストハードコア系・アメリカ)


5. Heavy Prog (ヘヴィ・プログ)
 
1970年代スタイルのハードロック要素を含んだプログレッシヴ/シンフォニック・ロック。RUSH, THE MARS VOLTAなどが代表例。

RUSH - 2112 (カナダ)

THE MARS VOLTA - Goliath (アメリカ)


6. Indo-Prog/Raga Rock (インドプログ/ラーガ・ロック)
 
1960年代半ばに世界的な注目を集めたインドの伝統音楽ラーガ(Raga)とロックを融合させ、音楽だけでなくインド的精神性までも取り込んだサブジャンル。

CODONA - Like That of Sky (アメリカ)


7. Jazz Rock/Fusion (ジャズロック/フュージョン)
 1960年代、ジャズにR&Bやソウルミュージックの要素を取り込むムーヴメントが発生。当時の若手ミュージシャンはベテランにアコースティック楽器を譲るため電子楽器を使わざるを得ない場面が多かったそうだが、それがかえってジャズとロックの融合を推し進める一因となる。
 ジャズ方面からはLARRY CORYELLCHARLES LLOYD(ビーチ・ボーイズのツアーメンバーとして有名)らがロックに接近する一方、CREAMJIMI HENDRIXといったロックミュージシャン達もジャズ的なインプロヴィゼーション(即興演奏)を展開するようになり、二つの異なるジャンルが双方に影響し合いながら、その可能性が拡大していった。

MILES DAVIS - Bitches Brew (アメリカ)

WEATHER REPORT - Black Market (アメリカ)


8. Krautrock (クラウトロック)
 1960年代後半からドイツで発生したアヴァンギャルド/実験的ロックのムーヴメント。ミニマルミュージックやドローンなどの現代音楽からの影響が強く、不規則で奇怪な電子ノイズや長いインプロヴィゼーションを取り入れたグループが多い。地域によって音楽性に差異があるのも特徴。

AGITATION FREE - Laila II (ベルリン系。シンセ主導・長尺のジャム)

GURU GURU - Oxymoron (ミュンヘン系。比較的オーソドックスなサイケデリック・ロック)

CAN - Paperhouse (ケルン系。躍動的なリズムと即興重視の演奏)


9. Neo-Prog (ネオプログ)
 1970年代に一時代を築いたシンフォニック・ロックの再興を掲げ、1980年代前半から発生したとされるムーヴメント。モダンシンセの導入など機材面での進化はあるものの、基本的な音楽性やパフォーマンスは先駆者たちを踏襲している。

TWELFTH NIGHT - Creepshow (イギリス)

PENDRAGON - The Voyager (イギリス)


10. Post Rock/Math Rock (ポストロック/マスロック)
 Post Rock
は1990年代半ば頃から定義されたジャンルであり、ロックで使われる楽器でロック的でないリズムや空気感を演出することから、ロックを通過した(post)音楽と呼ばれる。また、この時代以降のジャズやクラウトロック、エレクトロニカの影響を強く受けたアーティストも多くはここに分類される。

TORTOISE - Swung from the Gutters (アメリカ)

 Math Rockは1970年代のプログレッシヴ・ロックと20世紀の現代音楽の融合を試みた音楽として1980年代後半からシーンが形成され始めた。メロディよりも先の読めない楽曲構造や複雑な変拍子などに重点を置いた実験性を特徴とする。

RUINS - Memories of Zworrisdeh (日本)


11. Prog Folk (プログ・フォーク)
 
1960年代半ばから後半にかけて発生したフォークとロックの折衷の流れを汲み、更にその中にブルースやジャズの演奏技法まで取り込む形で発展したジャンルの一つ。アコースティックなサウンドを基盤としながらも、同時代のプログレッシヴ・ロックと同様、他ジャンルの音楽的要素を積極的に取り入れている。

FAIRPORT CONVENTION - Dirty Linen (イギリス)


12. Prog Related (プログ関連)
 Progarchivesでは、一般的にはプログレッシヴ・ロックと見なされないものの、場合によりその要素を部分的に含んだアプローチを見せたアーティストを"Related"という括りでカテゴライズし、同ジャンルのロック史上の立ち位置をより客観視できるようになっている。

LED ZEPPELIN - Stairway to Heaven (イギリス)

QUEEN - Bohemian Rhapsody (イギリス)


13. Progressive Electronic (プログレッシヴ・エレクトロニック)
 
1960年代後半、JOHN CAGESTEVE REICHらに代表される現代音楽の発展と、電子楽器・録音技術の進歩に伴い、(当時の)最新テクノロジーの元でいかに新しい音楽を生み出すかという課題が生じた。ドイツのKRAFTWERKTANGERINE DREAMはアナログシンセサイザーとエレクトロニック楽器を巧みに使い分けることでシーンの草分け的存在となり、1980年代以降にBRIAN ENOらによって確立される環境音楽の基盤もこの時点で形成されていた。

KRAFTWERK - The Robots (ドイツ)

TANGERINE DREAM - Ricochet (ドイツ)


14. Progressive Metal (プログレッシヴ・メタル)
 
1970年代の多くのプログレッシヴ・ロックのグループが持っていた技巧性・神秘性を、1980年代頃にハードロックから枝分かれし一ジャンルとして独立したヘヴィメタルに持ち込んだ結果、"Prog"であり"Metal"でもある新たな概念が形成された。1980年代半ばから主にDREAM THEATER, QUEENSRYCHE, FATES WARNINGらによって牽引されてきたこのサブジャンルも、時代の経過とともに新たなグループが現れては多様化し、より具体的な音楽性の細かいカテゴライズが難しくなっている。

DREAM THEATER - Metropolis Pt. 1 (最も重要な先駆者といえるグループ。アメリカ)

 また、一般的にパワーメタルやネオクラシカルメタルと見なされる一部のグループも、クラシック音楽や1970年代のプログレッシヴ・ロックからの影響が色濃い場合には、広義のプログレッシヴ・メタルとして分類されることがある。

HELLOWEEN - Keeper of the Seven Keys (ドイツ)

NIGHTWISH - Amaranth (フィンランド)


15. Proto-Prog (プロト・プログ)
 
ジャンルとしてのプログレッシヴ・ロックが確立される前の時代において、その基盤を作り上げたとされるグループをここに区分する。

THE BEATLES - Eleanor Rigby (イギリス)

THE DOORS - The End (アメリカ)


16. Psychedelic/Space Rock (サイケデリック/スペース・ロック)
 1960年代半ばから、多くのロックグループが既存のポップソングの枠に捉われない自由な楽曲構成を模索し始める。インド音楽や東洋音楽、更にフリージャズなどの要素がそこに加わることで、より直感的で即興重視の新しい形のロックが生まれ、一時代を築いた。当時流行していた文化にちなんで、これをPsychedelic Rockと呼ぶ。

HAWKWIND - Utopia - Social Alliance (イギリス)

 また、"Psychedelic"と厳密な区別はないが、ディレイを多用するギター奏法や、宇宙的な音の広がりを持つシンセサイザーをサウンドの主軸とするロックをSpace Rockと呼ぶ向きもある。

PINK FLOYD - Shine On You Crazy Diamond (イギリス)


17. RIO/Avant-Prog (反体制派ロック/アヴァン・プログ)
 RIO (Rock in Opposition)
は、1970年代後半にイギリスのアヴァンギャルド・ロック・グループHENRY COWが中心となり、商業主義とかけ離れた前衛的なロックの存在意義を示そうとした運動。彼らの意志に賛同したグループがヨーロッパ全土から集まり、"RIOフェスティバル"という一大イベントの開催にまで発展したが、組織としてのRIOは1979年末には事実上解体となり、現在では一つのサブジャンルとして、RIO運動に直接関わった、または彼らから強い音楽的影響を受けたアーティストの一団を指す。

HENRY COW - No More Songs

 Avant-Progはより広義の実験的要素を含むプログレッシヴ・ロック全般を指す用語で、不協和音の多用や無調音楽、複雑かつ先の読めない楽曲構造、全く異質なジャンルの音楽同士を融合させるなど、徹底した前衛精神に基づいた音楽として定義される。RIOのグループを含む多くのアーティストがアメリカのFRANK ZAPPAからの影響を認めており、彼の音楽をこのジャンルの起源とする考えが一般的である。

FRANK ZAPPA - Montana


18. Rock Progressivo Italiano (イタリアン・プログレッシヴ・ロック)
 
1960年代後半、イタリアで当時流行していたビートミュージックシーンに翳りが見え始めた頃、様々な新しいアイデアが実践されていたイギリスのロックシーンに触発された一部のビートバンドが方針を転換し、イタリア独自のロックムーヴメントが生まれた。1970年代に入ると、そのオリジナリティが認められたPREMIATA FORNERIA MARCONI (PFM)BANCO DEL MUTUO SOCCORSOらが世界進出を果たし、存在感を示す一方で、ブームに乗り切れずアルバム1、2枚を残すのみでシーンから姿を消したグループも少なくなかった。1970年代後半から1980年代にかけては一時衰退したものの、1990年代以降は過去作品の再リリースなどによって息を吹き返し、BAROCK PROJECTなどの若手グループの登場も相まってシーン全体が再び活性化している。

PREMIATA FORNERIA MARCONI - Celebration

BAROCK PROJECT - Broken


19. Symphonic Prog (シンフォニック・プログ)
 
ロックにクラシック音楽の手法を持ち込んだ、プログレッシヴ・ロックの花形と言えるサブジャンル。変拍子の多用、組曲形式の長尺曲を得意とするグループが大半を占めるが、どの時代のクラシック音楽により強い影響を受けたかによって具体的なアプローチが異なってくる。

YES - Close to the Edge (主にバロック音楽の影響が強い・イギリス)

EMERSON, LAKE & PALMER - Nut Rocker (オリジナルはチャイコフスキー作曲・イギリス)


20. Tech/Extreme Prog Metal (テクニカル/エクストリーム・プログ・メタル)
 1980年代後半以降のエクストリーム・メタルを出発点とするグループの中で、プログレッシヴ・ロックの要素を積極的に取り入れたアーティストを指す用語として定義される。スラッシュメタル、デスメタル、ブラックメタル、メタルコアなど、それぞれのルーツは異なる場合が多い。

VEKTOR - Destroying the Cosmos (スラッシュメタル系・アメリカ)

OPETH - Ghost of Perdition (デスメタル系・スウェーデン)

MOONSORROW - Suden Tunti (ブラックメタル系・フィンランド)

PROTEST THE HERO - A Life Embossed (メタルコア系・カナダ)

 また、2000年代以降には、多弦ギターを用いたヘヴィかつ無機質・機械的なリフを前面に押し出したサウンドを新たにDjentと呼ぶ向きが見られ、スウェーデンのMESHUGGAHを筆頭に世界規模で多数のフォロワーを生み出している。

MESHUGGAH - Bleed


21. Various Genres
 
Progarchivesでは、複数のアーティストが参加したプログレッシヴ・ロック関係の企画盤 (サウンドトラック、サンプラー、トリビュートアルバムなど)をここに分類している。

JESUS CHRIST SUPERSTAR - Heaven on Their Minds


22. Zeuhl (ズール)
 
1970年代にフランスの音楽グループMAGMAにより提唱されたジャンル。"Zeuhl"という単語自体が同グループのリーダーChristian Vanderにより独自に創造されたコバイア語 (Kobaian)という言語から来ており、歌詞も全てコバイア語で歌われる。
 音楽的特徴としては、オペラ的な壮大な歌唱法、ミニマルフレーズの多用、クラシック/ジャズの素養をベースとした緊張感の途切れない楽曲構造などが挙げられる。なお、少数ではあるがこのスタイルを踏襲した他のグループもここに属する。

MAGMA - Zombies

高円寺百景 - Dhorimviskha (日本)


前編総括

 このように、Progarchivesの提言だけでも20を超えるサブジャンルが派生したプログレッシヴ・ロックだが、一つ強調しておきたいのは、これらの全ての区分は厳密に仕切られたものではなく、複数のサブジャンルを跨るケースが往々にして存在しており、それが更にカテゴライズの困難さに拍車をかけてもいるということだ。
 後編では、これらの各サブジャンルを、タイトルに掲げた"古典主義"と"折衷主義"の二対構図に当てはめて考察を進め、現代における"progressive"とは何を意味するのかについて掘り下げていきたい。

(2023/12/2 追記: リンク切れの動画を修正しました。)

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