"現代の"プログレッシヴ・ロックを考える: 古典主義(Classicism)と折衷主義(Eclecticism) 【後編】


 さて、前編においては、「プログレッシヴ・ロック」と呼ばれる音楽様式が、時代が進むにつれてあまりにも多様化し過ぎたゆえに、一つのジャンルとして扱うことが難しくなった点を指摘し、また、より具体的なカテゴライズの一例として、海外コミュニティサイトProgarchivesが独自に定義したサブジャンルを一つ一つ紹介した。
 ここで留意しておきたいのは、これらの区分は全て音楽的特徴のみを表したものだという点だ。本記事ではそれを踏まえた上で、タイトルに掲げた古典主義と折衷主義という別の基準を新たに用いて、考察を進めることとする。

1. 時代性に見る"progressiveness"​

 プログレッシヴ・ロックの多様化の背景を考える際に避けて通れないものの一つは、その"時代性"である。
 "progressive"という単語が意味するところの先進性・革新性とは、決められた概念を指すものではなく、時代とともに常に変化を続けていくものだ。
 例を挙げるとすれば、1960年代後半から1970年代にかけてプログレッシヴ・ロックと呼ばれていた音楽は、その多くが「ロックと別ジャンルの(より伝統的な)音楽との融合」を目指していた。この時代においてはロックの歴史自体がまだ浅かったため、クラシック/ジャズの古典性にロックの革新性を持ち込むアプローチも斬新なものとして認知され、やがて一つの大きなムーヴメントを形成していったのだ。
 しかし、時代の変化に伴い、アーティスト側もオーディエンス側も同じ手法に限界を見出し、別の新しいアプローチを求めるようになる。本来であれば、それと同時に"progressive"の定義も見直されるべきだが、このジャンルにおいては「一度でも"progressive"と定義された音楽的特徴は時代が変わっても再考されない」という現状がある。
 1970年代の多くのプログレッシヴ・ロックのアーティストの音楽的特徴として挙げられる「複雑な変拍子」「大作主義」などといった要素は、それから半世紀を経た現代でも俗語的な意味での"プログレ"的要素として通用する。これは既にある程度一般的な形容詞として定着しているため、(この期に及んで)定義そのものを覆すことは困難と考えられる。
 そこで最低限必要になってくるのは、俗語として定着した"プログレ"と、その定義とは異なる形で先進的なアプローチを試みたロックとの区別である。同じプログレッシヴ・ロックというカテゴリー内においても、現代という時代性を持ち出して再考すれば、前者は大きなムーヴメントの盛衰を経験し、ある意味では"伝統"として完成されたサブジャンルであるのに対し、後者は時代が続く限り無限に生まれ得る"革新"性に満ちた世界と言えるだろう。

2. プログレッシヴ・ロックにおける伝統と革新: 古典主義と折衷主義

 ここからのカテゴライズの基準は、"時代性を考察した上で伝統と革新のどちらに寄っているか"という点のみに絞られることになる。具体的な音楽性が一致しないケースも出てくるが、伝統/革新の概念そのものが時代により移り変わることを考えればそれも必然と言えるだろう。
 この基準を用いれば、"プログレ"のパブリックイメージが定着して以降に生まれたプログレッシヴ・ロック・カテゴリーの音楽は、1970年代に形成されたプログレッシヴ・ロックの形式を深いリスペクトの元で踏襲し、現代に再現する古典主義的プログ(Classic Prog)と、既存のロックの可能性を、1970年代には存在しなかったアプローチ(より新しい別音楽ジャンルとの融合・最新テクノロジーの導入など)で押し広げようとする折衷主義的プログ(Eclectic Prog)に二分化されることになる。
(※なお、前編で取り上げたProgarchives基準のサブジャンルの中にも"Eclectic Prog"の分類は存在するが、そちらとは意味合いの異なる独自の定義であることを記しておく)

1. Classic Prog
 1980年代初頭、メジャーシーンにおけるプログレッシヴ・ロックの復興の動きが最初に見え始める。MARILLIONIQPENDRAGONらが台頭したそのムーヴメントは"Neo-progressive rock"と呼ばれたが、実際の音楽スタイルは1970年代に活躍したYESGENESISなどのグループからの影響が色濃く、長尺曲やコンセプト重視のアルバム制作といった特徴からも古典主義傾向の強さが窺える。

MARILLION - Grendel

 また、ほぼ同時期に勃興したヘヴィメタルの影響力も無視できない。1980年代後半にはプログレッシヴ・ロックの要素を大幅に取り入れたプログレッシヴ・メタルと呼ばれる新たな様式が生まれ、DREAM THEATERQUEENSRYCHEらがパイオニアとして先陣を切り、やがて一つの独立したジャンルを築き上げた。"異なるジャンルの融合"という意味において、彼らのアプローチは文字通り"eclectic"であったと言えるが、音楽性そのものには"classic"な部分も多く、どちらの分類でも避けて通れない重要なサブジャンルである。

DREAM THEATER - Afterlife

QUEENSRYCHE - Operation: Mindcrime

 1990年代以降もSPOCK'S BEARDTHE FLOWER KINGSなど、クラシシズムに重点を置くグループが続き、中でも1999年結成のTRANSATLANTICは、上記2バンドの各リーダーNeal MorseRoine Stolt、MARILLIONのPete Trewavas、DREAM THEATER(当時)のMike Portnoyが合流したスーパーグループとして、モダンプログ界の一つの"顔"となった。他にもANEKDOTENMOSTLY AUTUMNMAGENTATHE TANGENTなどがこの分類の代表例として挙げられる。

SPOCK'S BEARD - Somebody's Home (アメリカ)
(※Morse脱退後の楽曲)

THE FLOWER KINGS - Miracles for America (スウェーデン)

TRANSATLANTIC - Black as the Sky


2. Eclectic Prog
 その一方で、1980年代にネオプログ一派と一線を画し、異彩を放っていた代表的なグループの一つがCARDIACSである。彼らはプログレッシヴ・ロックの複雑さとパンクロックの攻撃性を融合させ、更にはスカ、中世ヨーロッパ音楽、フォーク、ヘヴィメタル、賛美歌までも取り込んだ独自のスタイルを確立させた。商業的な成功には恵まれなかったものの、後にBLURRADIOHEADのようなオルタナ/ポストロック系のグループからFAITH NO MORENAPALM DEATHといったエクストリームメタル系グループに至るまで、多様なジャンルにフォロワーを残した。

CARDIACS - Jibber and Twitch (イギリス)

 1990年代には、テクノロジーの進化に伴い可能性が広がった電子音楽をロックに取り入れる動きも見られ、PORCUPINE TREEARCHIVEがその先陣を切った。音楽的特徴は互いに大きく異なるものの、どちらも特定のジャンルに捉われない"eclectic"な姿勢を貫いた。DREAM THEATERのデビューをきっかけにプログレッシヴ・メタルという新たな概念が知れ渡り、彼らに続く形でOPETHPAIN OF SALVATIONMESHUGGAHなどのグループがその可能性を模索し始めたのもこの時期である。

PORCUPINE TREE - Way Out of Here (イギリス)

ARCHIVE - Pills (イギリス)

 2000年代にはPURE REASON REVOLUTIONFROST*がエレクトロニック路線をより強固に推し進めたほか、ハードコア系ムーヴメントからはTHE MARS VOLTAが台頭。また、1990年の結成当時にはエクストリームメタルバンドであったANATHEMAがこの頃からオルタナを経由してプログレッシヴ・ロックのサウンドに接近している点も見逃せない。

PURE REASON REVOLUTION - The Bright Ambassadors of Morning (イギリス)

FROST* - Black Light Machine (イギリス)

THE MARS VOLTA - Inertiatic ESP (アメリカ)

ANATHEMA - Are You There? (イギリス)

 多様化が続くプログレッシヴ・メタル界では、BETWEEN THE BURIED AND MEがより現代的かつエクストリームな解釈で、先達とは異なる新たなスタンダードを構築し、次世代のアイコンの一つとなった。2010年代に入るとMESHUGGAHのスタイルに強い影響を受けたPERIPHERYANIMALS AS LEADERSらが、複雑なリズムで無機質な重低音を刻むことを最大の特徴とするDjentと呼ばれるサブジャンルを確立させ、現在に至るまで大きな存在感を示し続けている。

BETWEEN THE BURIED AND ME - White Walls (アメリカ)

PERIPHERY - Make Total Destroy (アメリカ)

ANIMALS AS LEADERS - Physical Education (アメリカ)

 そしてCONVERGETHE DILLINGER ESCAPE PLANなどに代表されるマスコア(カオティック・ハードコア)も、プログレッシヴ・ロック/メタルを起源の一つとするサブジャンルであり、1990年代後半から2000年代にかけて基盤となるシーンが形成されていった。

CONVERGE - Concubine/Fault and Fracture (アメリカ)

THE DILLINGER ESCAPE PLAN - Milk Lizard (アメリカ)

 今回"eclectic"側に便宜上分類したこれらのグループは、一度聴き比べただけで音楽的な共通項を見出せるものではないかもしれないが、いずれも1970年代の"遺産"を部分的に受け継いだ上で、それぞれが現代ならではのオリジナリティを持つという精神性が共通している。時代が移り変わり、それに合わせて新しい様式の音楽のあり方が提示されるたびに、プログレッシヴ・ロックの可能性も無限に広がり続けていくことだろう。


3. 総括

 1960年代末期に産声を上げ、1970年代に一時代を築き上げたプログレッシヴ・ロックというジャンルは、栄枯盛衰の理に倣い、一度は忘れ去られた存在にもなりかけたが、1980年代のネオプログの台頭により、ある程度まで息を吹き返すことができた。当初こそ70年代スタイルの単なる模倣にも近い世界ではあったものの、時代の変化やテクノロジーの進化が新たな音楽ジャンル・表現を生み、それらとロックとのクロスオーバーが互いの可能性を拡張していくことで、カテゴリーの多様化が現在でも進行している。
 誰もが気軽に自作の音楽を世界に配信できるようになった今、全ての音楽の大小様々なトレンドを網羅することはまず不可能だ。それでも、"progressive"の定義が良くも悪くも曖昧であり続ける限り、プログレッシヴ・ロックの精神は決して置き去りにされることなく、無意識的に世界中の人々の耳にまで届いていくことだろう。

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