見出し画像

不要不急の陰のあるもの 旅する心

コロナで旅が「不要不急」の対象となった時、社会人の2年目の出来事を思い出した。25年前の小さなリアルエピソード。

ある時、20代女性からお電話をいただき「父と母と妹と家族4でハワイに行きたい」と4人分の航空券とホテルの手配依頼を受けた。当時私は、旅行会社入社後2年目で少しだけ仕事に慣れてきた時だ。その頃は、毎月100~200名の間のお客様の手配をしていた。お客様の希望を聞くと、福岡、名古屋、東京をみんなばらばらの出発地。地方発がキャンセル待ちになってしまったので、東京発に一元化してなんとか無難に手配して送り出した。

旅行終了した約1年後にそのお客様から、電話が突然あった。何かトラブルでもあったのかとドキドキしながら電話を取ると、「前回のハワイ旅行はお世話になり、ありがとうございました。実は、一緒に旅をした父が先日亡くなり、手配して頂いたハワイ旅行が最期の家族旅行でした。最期の良い思い出になりました。父は末期がんが発覚していたのですが、どうしてももう一度ハワイに行きたいといい、心配だったのですが家族全員で時間を合わせて行くことにしました。みんな離れて暮らしていて、妹も働いているので、みんなの時間を合わせることも実は大変で、家族旅行って本当に貴重な時間ですね。しかも、申込当初、キャンセル待ちになってしまい、旅行はあきらめかけていたのに、座席を確保してくれたおかげで本当に思い出に残る素晴らしい時間を過ごせました。父も幸せだったと思います。そのお礼が言いたくてご連絡しました。」と。


そんな事情を全く知らなかった私は、体全体に衝撃が走った。毎月100名以上のお客様を「さばいて」いた私は、お客様に旅の目的を聞くこともなく、ただ業績を残すために最適な商品を提供することに精いっぱいだった。この家族は単に「ハワイに行きたい」のでなく、「ハワイで大切な人と時間を過ごしたい」ということが、本来の目的だったことをその時になって初めて気付いた。旅は人生の節目、大切な時に利用するものだということをこの家族に教えてもらった。


実際の旅行販売の現場では、いちいち旅行目的を尋ねることはあまりないかもしれない。オンライン予約サイトであれば尚更である。しかし、旅行の本来のニーズとは、言葉には現れない心の奥にあるものだ。それ以来、自分の仕事を変える決意をして、心の奥底にある旅する心を「旅心」と名付けて、手帳に書き留め、忘れそうになると引っ張り出して思い返すようにした。そのおかげか、お客様のちょっとした表情やしぐさ、言葉の切れ端から、いろんなことを想像できるようになった。そのうち、お客様を驚かせて感動させることが楽しくなった。


ある時は、「ハワイに行きたい」という卒業旅行の男子学生に「今のうちにヨーロッパを見たほうがいい。そしてせっかく行くなら南回りでタイやインドをみたほうがいい」と半ば強制的に自分の旅の体験をトラブルの話も交えて面白おかしく2時間話して・・・。結局、その学生は、社会人になってもいけるであろうハワイ行きをやめ、ヨーロッパとアジアの2ヶ月の放浪の旅へ出かけた。「鮫島さんの言った通り地下の店はぼったくりでした(笑)でもこの丘から見たフィレンツェの風景は一生忘れません。大正解でした!」と旅の思い出を綴ったエアメールに目頭が熱くなった。


「人はなぜ旅をするのか?」と毎回、自分に問いかけて仕事をするようになってから、お客様から「ありがとう」を頂く機会が増え、仕事のやりがい感じるようになった。航空券一枚の手配であっても、「旅心」を忘れないように努力した。


実際、旅は人生そのものだ。ライフステージの節目で起こることが多い。逃避(エスケープ)もあれば、刺激が欲しい新奇性を求める場合もある。時には人間関係を強化する欲求もある。卒業旅行、プロポーズ、ハネムーン、還暦など大切な人と過ごす機会として。また転職、離別、死別などの自分との対話・内省のための旅もある。いずれにせよ、人生においてとても大切な時間を提供しているのだ。


しかし、実際の旅行業務の80%はデスクワークだ。接客応対は全体の時間としたら決して多くはない。また多くの業務が裏方であり、直接お客様に接するのはごく一部である。特に最近は店舗販売よりもオンライン販売が増えて、その傾向はさらに増している。しかし、どれだけ旅行の手段がオンラインに置き換わることがあっても、人が旅行をする本来の目的が変わるとは思えない。ほとんどのデスクワークと残り少ない接客対応が、旅行業であるというのは、表層の認識であって本質ではない。なぜなら、旅行業のやりがいは、「お客様の幸せの時間を提供する」ことにあるからだ。


そして、旅は、富裕層など特定の人々だけのものではなく、多くの人々が人生を豊かにするための文化であるべきだ。マス・ツーリズム(大衆観光)オーバーツーリズムなど観光公害への批判は、もちろん受け止めて解決しなければならない。しかし、それでも尚、旅は多くの人々の人生を幸せにする心豊かな経験価値を提供していることを、観光産業に関わる人は決して忘れてはいけない。


観光産業は、「下に見られる」「駒使いされる」という人は、その本質が見えていない人だ。何百人、何千人、何万人と取り扱うと、どうしても「旅心」を忘れてしまう。しかし、8割のデスクワークになっても、8割がオンラインになっても、2割は「モノではなく人間が旅をしていることを想像できる人」でなければいけない。

最期の家族旅行にハワイにいったあの家族にとって、旅は不要不急ではなくきっと今しかできない不可欠なコトのはずだ。観光の現場には、私以上の「旅心」を思い起こすエピソードを持つ方がたくさんいることだろう。この不要不急の扱いを受けるこの局面にこそ、経済的価値だけでなく、人の幸せを創る仕事であることに誇りをもって頑張ってほしい。

(以上)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?