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テリヤキ少女 外伝:夢の蕾

とある町の閑静な住宅街、その一角の家に住まうある家族があった。
新築と思われる二階建てで茶色い屋根にレンガ模様の壁、大き目で丸く茶色い鉢植えが2つ置かれた小さめの庭と、車1台分のガレージを備えたその家には、両親と1人の少女、3人の家族が平穏に暮らしている光景が見られた。両親は共働きで、父親は会社勤務、母親はパートで週の半分は家を空けていた。

少女はこのとき小学5年生、周りの同級生と比べると少し背は小さく、やや細身で小柄だが、セミロングの髪が良く似合う元気な女の子であった。

後に、この少女が抱く小さな夢が1つずつ叶えられて行くのだが、まだ誰も知らない、その少女の想いが形を成す前の出来事を、今は話すとしよう。

気付かなかった出会い

2015年01月、クリスマスやお正月といったイベントを終え、街も落ち着きを取り戻した頃の昼下がり、学校から帰った制服姿の少女は1人静かな自宅の玄関の鍵を開け、帰宅していた。リビングに入ると、窓から差し込む明るい陽が、木製の4つの椅子に囲まれたテーブルに置かれた母親からの置手紙を照らしていた。
「今日はマック買って帰ります 母」
少女は丸い顔の顎を少し上げ、笑みを浮かべた。

しばらくして、陽も沈み始めた夕暮れどき、母親がパートから帰宅した。
ガレージの隅に自転車を止める音を聞きつけた二階の自室にいた少女は、玄関で母親を迎えに階段を駆け下りた。制服から上下白のスウェットに着替えていた少女は、軽く握った両手を肩の高さで弾ませ、玄関を開けた母親にこう言った。
「マック!マック!」
いつもの事といなす母親は慣れたものである。
「ただいまぁ。買ってきたから、ちょっと待ってね」
「はーい」
と素直に少女が返事をするのも、マックの日のいつもの光景だったようだ。

少女がリビングの椅子に座り浮いた足を揺らして待つのも束の間、母親が着替えを終えて少女の待つリビングへ入った。右手には少し大きめの茶色いマクドナルドの紙袋が抱えられている。
「大きいのはお父さん用だからね」
母親はそう言って少女に紙袋を手渡すと、キッチンへ行き手を洗い、コーヒーを入れ始めた。少女は渡された紙袋をテーブルに置き、大好きなテリヤキを求めて漁り始めた。
「テリヤキ!テリヤキ!」

紙袋の中には、ハンバーガー5つとポテトが入っていた。紙袋からは、ポテトの塩っ気の後に、香ばしいパンとテリヤキソースの甘い香りが広がった。
少女は、テリヤキを探すのに邪魔なポテトをまず取り出し、テーブルに置いた。そして1つずつ、小さめなハンバーガーから袋から出し始めた。

母親がたまにマクドナルドのハンバーガーを買って帰ってくることはあるのだが、何を買ってくるのかまでは約束されていない。しかし以前、買ってこられた数個の中に少女が求めるテリヤキが入っていなかったことがあり、そのときの少女の落胆ぶりを母親は忘れてはいなかった。

少女の手でテーブルに並べられた程よく温かなハンバーガーは3つ、「チーズバーガー」「フィレオフィッシュバーガー」そして、「テリヤキバーガー」である。袋に残った2つのハンバーガーは、その3つよりも大きいものであったため、父親用だと判断して少女は手を付けなかったのである。
母親がハンバーガーを買ってくるとき、同じ商品は買ってはこない。故に、「テリヤキバーガー」は1つ、自動的にその1つは少女用なのだ。

少女が袋に残された2つや「チーズ」「フィレオフィッシュ」には目もくれず「テリヤキバーガー」を手に取り、包み紙を開け始めたとき、コーヒーを左手に、牛乳と砂糖をたっぷりに入れたカフェオレを右手に持った母親がテーブルに着いた。右手のカップを少女の前に置いた母親は、テリヤキの包み紙を上手く開けようと慎重になっていた少女に目を向けながら口元を緩ませ、少し湯気の立つコーヒーを啜った。

陽も暮れてしばらくした頃、父親が帰宅した。
父親が着替えのために寝室でネクタイを外していたとき、少女は自室で学校の宿題をこなしていた。父親がそのままお風呂へと向かう途中、母親が声をかけた。
「お父さん、晩御飯マックだから!」
「ビール1本あればなんでもいいよ」
手間のかからない旦那様であった。

お風呂を出た父親がグレーのスウェット姿でリビングに来た頃、宿題を終えた少女が二階から降りてきた。
「おかえりぃ」
と一言父親に声をかけ、少女は白いソファーに寝そべってテレビのリモコンに手を伸ばした。
「ただいまぁ」
と、少し遅めの帰宅の言葉を交わす父親の前には、2つの少し大きめのハンバーガーが置かれており、そのハンバーガーのパッケージには「MADE FOR YOU」と書かれ、「祝!公約実現」というシールが貼られていた。

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椅子に腰をかけた父親は、ハンバーガーを手に取る前に母親が用意していた”銀色のヤツ”の蓋を開けグラスへ、ビールと泡を7対3に注ぎ一気に飲み干した。ぷはぁーっとひと息付いて満足気にいつものセリフを言う。
「うめぇっ!」

そして後ろを振り返り、ソファーで寝そべる少女に声をかけた。
「会社の人にひまわりの種貰ったから、今度植えてみるか?」
少女は起き上がり、父親のもとへ駆け寄り不思議そうな顔で質問をする。
「ひまわりって家でも育つの?」
「今は時期じゃないから、もう少し暖かくなってから植えればだなぁ」
少女は少し首を傾げ、父親から小さな透明のビニールに入れられたひまわりの種を受け取った。

父親は、ひまわりの種を少女へ手渡すと、テーブルの2つのハンバーガーのうち、左の黄色い包み紙の方へ手を伸ばした。すぐ横でひまわりの種をビニールごしに手で揉んでいる少女に目をやりながら、包み紙を開けた。
父親が手にしていたのは、少女が想像していたものよりも大きな「トリプルチーズバーガー」であった。それを見た少女は少し目を丸くしたが、確かにこの大きさは父親用だとすぐに理解できた。父親が「トリプルチーズバーガー」にかぶり付いた姿を見届け、少女は二階の自室へ上がった。

このとき少女は、父親の傍らに置かれていたもう1つのハンバーガーに気付いてはいたものの、その中身については、知ることは無かったのである。

芽吹いた想い

少女が小学校6年生になった頃、街はピンク色の春風を吹き終え、桜の木々は鮮やかな緑へとその様子を変えていた。

学校から帰り、着替え終えた少女の姿は家の庭にあった。
少し暖かくなってきた時期ということもあり、少女は黄色の長袖のTシャツにジーンズ姿で、鉢植えに詰められた土を小さめのスコップで掘っていた。しばらく庭に放置されていたであろう鉢の中の土は少し固くなっており、少女は何度も混ぜるように鉢の中を耕した。2つの鉢の土を耕し終えた後、鉢1つずつに1つの穴、合計2つの穴を開け、その穴に1つずつひまわりの種を植えた。種の上から優しく土を被せ、傍に用意しておいた如雨露(じょうろ)で水をかけた。

水をやる力加減を考えていなかったため、鉢の表面はすぐにちょっとした水溜りになってしまった。少女は目を見開き、口をポカーンと開けて少しの間見守っている以外に成す術がなかった。やがて水が土に染み込み、鉢の底から染みた水が流れ始めた。

安心した少女は一度自室へ上がり、油性マジックと白のネーム用紙シールを取り、鉢のもとへ戻った。そして、「ひまわり」と書かれたシールが貼られた鉢が2つ、少し水浸しになった庭の片隅に置かれたのである。このとき鉢が置かれた位置は、少女が意図的にそこに置いたのかどうかはわからないが、ちょうど陽当たりの良い明るい場所であった。

それから数日後、少女が待ちに待った”マックの日”がやってきた。
いつものように、学校から帰った少女を喜ばせる母親の置手紙があったのである。その日、父親の帰りも早かったため夕食を3人で囲むことができた。
母親が買ってきたハンバーガーは5つ。そしてポテト。いつも通りである。しかし突然、少女の向かいに座っていた父親が珍しいことを言い出した。
「ジャンケンしようか」
少女は、何を言われているのか一瞬理解が遅れた。そんなことはお構いなしに、少女の隣に座っていた母親が応える。
「いいよ、勝った人から好きなの取っていこう」
母親が同意してしまったことで、少女は従うしかなく、テーブルに置かれたハンバーガーたちを家族3人で囲み、突如、取り合いジャンケンが始まってしまったのだ。

テーブルに置かれたものたちは下記の通り。
チーズバーガー、フィレオシュッシュバーガー、テリヤキバーガー、ダブルチーズバーガー、ハンバーガー(ノーマル)、ポテト(ケチャップ付き)。

これは少女にとって晴天の霹靂であった。場合によってはテリヤキを食べられないのである。少女にとっては大問題だ。目の前にあるのに食べられないなど、想像し得なかった不幸だ。少女は戦々恐々、不安の顔を隠せず唇を尖らせ、少し困った顔で父親を睨み付けた。

そんな困った表情を見せる少女を楽しんでいるかのように、両親はジャンケンを開始する。少女は応じるしかなかった。
「じゃん!けん!」
ぽいっ!と出された3人の手のうち、一番大きな父親の手は指が2本立てられている。母親も同じく指が2本立っている。少女は、白く小さなその手を一生懸命に開いていた。少女の顔が一瞬で青ざめたことは言うまでもない。負けられない戦いに負けてしまうことがある。少女がその残念さと悔しさを両親から教わった瞬間であった。開いていまった自身の手を見つめて少女が呆けている間に、両親が決勝ジャンケンを済ませていた。
「たまにはテリヤキでも食べてみるか」

唇を限界まで尖らせている少女を尻目に、父親が言い放った。
続いて母親が選んだのは、母親お気に入りのフィレオフィッシュであった。少女は少し目を潤ませ、テリヤキを手に取り包み紙を開けようとする父親を恨めしそうに、ポテトを1本かじりながら眺めていた。
結果、少女は仕方なく、ダブルチーズバーガーを渋々選んだ。

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食事を終えたあとは家族団らんの時間であるが、少女はまだ少し不機嫌な様子であった。少女が先頃植えたひまわりに話が及ぶと、ショックから立ち直りきっていない少女へ父親が追い討ちをかけた。
「水をやり過ぎると土が腐るから気を付けるんだよ」
少女の頭に一瞬、水が溜まった鉢の光景が蘇った。
「わかってる!大丈夫・・・」
不機嫌そうな返事に気付いた母親が、なだめるように少女にこう言った。
「そんなにテリヤキ食べたいなら、今度自分で買いにいく?」

少女はまだ小学校6年生、コンビニに買い物に行ったことはあっても、外食店へ1人で入ったことはまだ無かった。少女にとってその母親の提案は未知の領域であった。そのため、”自分で買いに行く”というこれまで無かった発想に少し戸惑いを見せたが、「食べられるかも!」という希望のおかげで、少女の機嫌は少し持ち直した。

しかし、少女自身が”それ”を上手くイメージすることができなかったためか、はたまた、子供をなだめるための親の口任せだったのか。”それ”はすぐに実現することは無く、少女が”それ”を体験するに至ったのは、まだ少し先の話なのである。

ひまわりとともに

少女がテリヤキを食べ損ねた日からおよそ3ヶ月が過ぎた頃、夏の到来を感じさせる日差しを受け、少女が植えたひまわりは順調に育っていた。

ある休日のお昼前、白のTシャツにピンクのショーツ、黒の大人用庭サンダルを履いた少女はひまわりの水やりをしていた。2本のひまわりはすでに生長し、背丈は少女と並ぶほど。蕾をつけた先は少し頭を垂らしている。
しゃがみ込んで鉢の手入れをする少女へ、後ろから母親が声をかけた。
「たまには一緒にマック買いにいく?」

少女はしゃがみ込んだまま母親の方を振り向いたが、まだ何を言われているのか分かってはいなかった。が、次第に頭の中で言葉が整理されていく。「一緒に、テリヤキ?買いに・・・?行く!」
この日のお昼ご飯は、マクドナルドのハンバーガーに決定された。

少女は靴だけをピンクのラインの入ったスニーカーに履き替え、玄関を出たところで、軽く空を仰いで母親を待った。
少しして、白いTシャツの上に水色の薄いカーディガンを羽織り、薄めで花柄模様のロングスカートにサンダルという初夏の装いで母親も家を出た。
出かけて行く家族を見送るかのように、2本のうちの1本のひまわりの蕾が少し、開きかけていた。

最寄のマクドナルドの店舗は、少女の家から歩いて十数分、住宅街を抜けた繁華街の中にあった。散歩がてらの買い物には、ちょうど良い距離と言って良いだろう。繁華街に入るところにある交差点の赤信号で立ち止まった少女の目には、少し向こう側にあるマクドナルドの「M」の看板が見えていた。

店内に入ると、昼食時とあって少し混雑していた。
外食店に入り慣れていない少女は母親のカーディガンの裾を握り、はぐれないように気をつけている様子が見られた。母親に促され、店内の壁のポスターに目を向けると、少女の目の色が変わった。
そこには、少女の大好き「テリヤキバーガー」の大きな写真が貼り出されていたのである。

自分の身体ほどもある「テリヤキバーガー」の写真にうっとりしていた少女は、その横に掲示されていたメニュー表には目もくれなかった。また、母親もいつもの「フィレオフィッシュ」以外に興味はなかったようだ。

程なく、2人の注文の順番が回ってきた。受付レジにいた女性店員が、
「お待ちのお客様、お決まりでしたらどうぞぉ」
と、少女の目を見て優しく微笑みかけた。

2人はゆっくりと受付レジ前へと歩み寄り、まず母親が、台に置かれたメニュー表を左手で指しながら慣れた口調で注文を口にした。
「フィレオフィッシュ単品で1つと、ポテトのM1つ」
そう言い終えると、母親は少女に目をやった。
自分の番だと察した少女は、自分の顎のあたりの高さの受付台から一生懸命顔を出すように背伸びをしながら注文を声にした。
「テリヤキバーガー!」
店員は柔らかい口調で少女に確認する、
「単品お1つでよろしいですか?」
少女は笑顔で首を大きく縦に振り、頷いた。
少女の笑顔に笑顔で応えた店員は、母親に確認を続ける。
「かしこまりました。お持ち帰りですか?」

一連の注文のやり取りの後に会計を終え、少し待って母親は商品の紙袋を受け取った。少女は母親から紙袋を受け取り、両手に抱え、2人は店を出た。

2人が家を出て1時間は経っていただろうか、玄関の前まで帰って来ると、少女が庭のひまわりの様子に気がついた。
大好きなテリヤキを買いに出かけた少女の帰りを迎えてくれたかのように、暖かな陽の光りを浴びていたひまわりの1本が、また少し蕾を開き、咲きかけていたのである。
「見ておいで」
マクドナルドの紙袋を少女から受け取った母親が声をかけた。

少女はひまわりに駆け寄り、自分と同じ背丈の咲きかけた蕾を右から左からと覗き込んだ。少女の後ろからゆっくり付いてきた母親が言う。
「明日にはちゃんと咲いてるかもね」
母親は少し腰を折って少女に顔を近づけ、少女とともに蕾を覗き込み、2人は嬉しそうに顔を見合わせた。


植物とは、世話をする者の気持ち次第でその生長に影響が出るという。
有名なところでは、サボテンに毎日話しかけて愛情を注いで育てると、その世話をしている者の方へ向かって伸びる。とまで云われている。
しかし、他の植物で同様の現象が起こるのか、そのサボテンの話し自体の真偽などについては不明である。

翌朝、ひまわりは快晴の空の向こうに輝く太陽に向かい、鮮やかな黄色の花弁を広げ、その花を大きく咲かせることに成功していた。
蕾のまま大人しかったもう1本も、負けじと花を開いていた。

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この数ヶ月後、少女自身が成長し、ついに念願を果たして1人でテリヤキを買いに走ることができるようになるのだが、それはまた、別の物語。


テリヤキ少女 外伝:夢の蕾(完) ※加筆版
テリヤキ少女 外伝:夢の蕾 ※原版 外部出稿(からあげ速報 様)
(本編) → テリヤキバーガーと少女の夢

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