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教師主体から子供主体の教育へ、「詰込み型」から「個別最適」学習へ――

「21世紀型教育」を実現するためのEdTech

 現在、教育現場のデジタル変革が推進されている。例えば、公立小中学校を対象とするGIGAスクール構想によって、児童生徒1人1台の情報端末とクラウド環境が整備され、先端技術を用いた教育やスタディ・ログ等によるデータの蓄積が行われ、教育データの利活用が進むことが期待されている。補足しておくと各学校の方針にもよるが、私立小中学校や高校も補助金等を活用した同様の教育環境が整備されている。
 GIGAスクール構想の発端は、OECDによる2018年の学習到達度調査(PISA:Programme for International Student Assessment)における学校内外で学習のためにICTを活用する時間がOECD加盟国中最下位だったこと、そしてPISAがコンピュータ使用型調査(CBT:Computer Based Testing)に移行後、読解力のスコアが有意に低下していることが指摘されたからである。このような背景があって、GIGAスクール構想は2019年12月13日に閣議決定され、2020年度から2023年度の4年間で児童生徒1人1台の情報端末が整備されたのである。
 文部科学省の調査等から全国的な状況を総合的にみると、九州地域のいくつかの自治体(熊本県高森町、福岡県うきは市等)において、先進的・継続的な教育DXの成功事例とされる取り組みも出てきている。しかし過去の教育環境や教育観のままデジタル化のみが推進されたため、地域や学校においては取り組みの格差が生じており、生徒の資質・能力を育成する上でも解決すべき問題も多く存在することが指摘されている。
 そもそも日本の学校教育はどこを目指しているのだろうか。今回は、目指すべき教育の在り方とそれを支える教育DXについて考えてみたい――。




1.世間と学校の常識のズレ

 コロナ禍において、教育現場のデジタル化が世間からずいぶん遅れていることが話題になった。教育現場以外では、情報端末を使用しメッセージのやり取りや動画視聴等が行われているにもかかわらず、オンライン授業すらままならず、GIGAスクール構想により全国の小中学校に情報端末が導入された後も、情報端末を家庭に持ち帰ってオンラインで学習することが許可されない学校や自治体があったからだ。全国学力・学習状況調査によれば、情報端末の持ち帰り活用が調査対象になっているが、情報端末の持ち帰りを緊急時のみ、持ち帰りそのものを禁止にしている学校も未だに多くあることが指摘されている。東北大学・東京学芸大学の堀田龍也教授は、世間の常識と乖離する教育現場の状況についてコメントしている。

”このようなことは、教師が思っている以上に、公教育に対する一種の信用失墜を招いている。情報社会が進展している世間の常識と学校の常識が、ズレてしまっているのです。”

出典)『学校と教育委員会・自治体をつなぐ 教育DX 推進ガイド』

 民間事業者においては、パンデミック突入後、すぐに在宅勤務が開始された企業も多かっただろう。私自身、在宅勤務を開始したのは3.11発災後であり、単純計算10年以上遅れていることが理解できる。では、具体的に何がどれほど遅れているのだろうか。日本の教育が如何に世界と乖離しているのか次に見ていこう。


2.世界標準の教育目標との乖離

 教育とはそもそも何のためにあるのだろうか。長年、社会は安定し大きな変化もなく、産業界は労働者として従順な人材を求め、一斉授業による画一的な指導、つまり18世紀から続く「プロイセンモデル」による教育が実施されてきた。しかし現代社会は、20世紀までとは異なり不確実性に満ちている。例えば、ChatGPTやClaude等の生成AIがバージョンアップされる度に、精魂込めて作り上げ・提供を開始していたサービスが一瞬にして市場ニーズを失い、淘汰もしくは撤退を余儀なくされている。これほど変化の激しい時代において、短期的視点で教育のあるべき姿を定義づけることはできるのだろうか。視野を世界に拡げてみることで、新時代を生き抜くための教育のあるべき姿を見つけることができるかもしれない。

2-1. The OECD Learning Compass 2030

 OECDが世界中の教育者たちと20年以上議論し、言語化した「The OECD Learning Compass 2030」をご存知だろうか。これは、不確実で急速に変化する世界に学習者を方向づけ、我々の望む未来に向かってナビゲートを支援する未来志向の学びの羅針盤だ(図表1)。

図表1.  OECD ラーニング・コンパス(学びの羅針盤)2030

 「OECD 教育とスキルの将来 2030 Learning Compass 2030」を要約すると以下のようになる。

  1. 役割: ラーニングコンパスは、学生が不確実で急速に変化する環境をナビゲートし、望ましい未来を形作る手助けをするツールであり、教育目標についての共通言語と理解を生むための枠組みである。

  2. 必要な能力: ラーニングコンパスは、知識、スキル、態度、価値観からなる能力を定義し、これにより学生が潜在能力を発揮し、コミュニティや地球の福祉に貢献できるようにする。

  3. エージェンシーの重要性: ラーニングコンパスを持つことで学生は目標を設定し、反省し、責任を持って行動する能力(エージェンシー)を行使することができる。また、学生は仲間、親、教師、コミュニティによってサポートされている。

  4. 基礎能力: 学生がウェルビーイングに向けて進むためには、リテラシーと数理能力、データおよびデジタルリテラシー、身体的および精神的健康、社会的および感情的基盤が必要である。

  5. 変革的な能力: 学生が未来を形作り、社会の福祉に貢献するためには、新しい価値を創造し、緊張やジレンマを解決し、自分の行動に責任を持つ変革的な能力を発展させる必要がある。この能力は、予測、行動、反省のサイクルを通じて発展する。

2-2. The OECD Learning Framework 2030

 OECDでは継続的な議論が識者の間で取り交わされ、教育者たちが目指すべき世界共通のゴールが設定されている(図表2)。

図表2. OECDラーニングフレームワーク2030

 このフレームワークによれば、教育の最終目標は「社会全体のウェルビーイング(社会全体がよくあること=人々が心身ともに健康で幸福であること)」と定義されている。では、最終目標に到達するためにどのような能力を育成すれば良いのだろうか。OECDは、個人に対し3つの資質を求めている。

  1. 物事に主体的に関わる力

  2. クリエイティブな力

  3. 対立を解消する力

 欧米(近年では中国や東南アジア諸国も含め)の教育者たちは、先にあげたような資質を持った学習者たちを学校だけに任せず、「社会全体で育成する」にはどうすべきかを議論しており、過去数十年にもわたる教育改革を続けている。

2-3. 「21世紀型教育」とは?

 世界中が継続的な教育改革を続けている一方、日本の教育はどうだろうか。非常に残念ではあるが、日本の学校教育において個人の資質として求められていることは相も変わらず「ペーパーテストを解く力」が主流である。文部科学省が目指しているのは「知(知力)・徳(人間力)・体(体力)」ではあるが、入試で評価されるのは「知」だけである。実は、未だに学力至上主義にとらわれている国は、日本や韓国などの世界の中でも一部の国だけである。しかも、日本の教育は明治時代以来変わらないトップダウンの工場労働者育成型であり、OECD目標とは真反対の資質を持った人材育成を続けている。結果、日本において”一流”と言われる大学を出ても言われたことしかできない、クリエイティビティがない、ダイバーシティ環境が苦手、当事者意識がなく問題を先送りする、社会貢献よりも企業における椅子取りゲームに終始、お金に執着するような人材が溢れかえり、政治・行政・企業の要職に就き、組織の成長にブレーキをかけるような人材が舵を取り続けてしまっている。
 つまり、今日における日本の凋落は、まさに時代遅れの”教育”にこそあると言っても過言ではないだろう。第3次産業革命以降、世界中に情報は溢れかえり、今日においては様々な生成AIサービスまで利活用が進み、学習者は学校外ではYouTube等のSNSで多くのスクリーンタイムを費やす。そのような時代に本当に必要な教育とは何なのだろうか。ユダヤ人歴史家のユヴァル・ノア・ハラリ氏は、このような時代における教育について以下のように述べている。

”このような世界では、教師が生徒にさらに情報を与えることほど無用な行為はない。生徒はすでに、とんでもないほどの情報を持っているからだ。人々が必要としているのは、情報ではなく、情報の意味を理解したり、重要なものとそうでないものを見分けたりする能力、そして何より、大量の情報の断片を結び付けて、世の中の状況を幅広く捉える能力だ。”

出典) 『21Lessons』

 同氏は、同じ著書の中で何を教えるべきなのかについても言及している。

”多くの教育の専門家は、学校は方針を転換し、「四つのC」、すなわち「Critical thinking(批判的思考)」「Communication(コミュニケーション)」「Collaboration(協働)」「Creativity(創造性)」を教えるべきだと主張している。より一般的に言うと、学校は専門的な技能に重点を置かず、汎用性のある生活技能を重視するべきだという。なかでも最も重要なのは、変化に対処し、新しいことを学び、馴染みのない状況下でも心の安定を保つ能力になるだろう。”

同前

 この「四つのC」は様々な国で見られる教育方針とも合致するし、私自身が米国で受けた教育とも合致する。これが「21世紀型教育」と言えよう。つまり、「21世紀型教育」で重視されるのは、知識そのものよりも、与えられた情報に対して批判的に考え、仲間と対話しながら情報を組み合わせる力だ。

2-4. 世界の教育トレンド

 マレーシアの生活や教育情報を発信している野本響子氏は著書の中で「情報を吟味する教育」へアジア各国の教育現場が移行していることを述べている。

”マレーシアのインターには「教科書も信じるな」と教えるところがありますが、教科書ですら、情報はどんどん古くなるものなのです。誰でも情報を検索できる今、「こんなことも知らないのか」と知識を披露して、相手より優位に立てる時代は、終わりつつあります。”

出典) 『子供が教育を選ぶ時代へ』

 また2018年のPISAの結果について日本経済新聞が言及し、日本の教育には、情報の正しさを評価する能力が足りないと指摘している。さらに日本の記者、編集者、ノンフィクション作家である窪田 順生氏は、著書の中で日本だけが世界の教育トレンドから大きく外れていることを指摘している。

”48カ国の教員たちが実践している指導の中で、「批判的に考える必要がある課題を与える」という項目がある。批判と言っても、クレーマーのように無理筋のイチャモンをつけるのではない。目の前に提示された話をハイハイと鵜呑みにするのではなく、客観的事実に基づいてゼロベースで論理的に考える力をつける、という立派な教育だ。このような指導をしていると回答した教員の割合は、やはりというか欧米豪が高い傾向にあり、アメリカは78・9%、カナダ(アルバータ)は76%、イギリス(イングランド)は67・5%、オーストラリアは69・5%となっている。ただ、他の国もそれほど低いというわけではなく、アジアではシンガポール54・1%、台湾48・8%、韓国44・8%、イデオロギー的に国民の体制批判に敏感な中国(上海)でさえ53・3%、ロシアも59・7%となっており、48カ国の平均で見ると61%だった。このOECD調査から浮かび上がるのは、子どもたちに対して、「なんでもかんでも言われたことを鵜呑みにするのではなく、自分の頭で論理的に考えてみなさい」と教育するのは、社会や文化に関係のない「世界の常識」ということだ。が、この常識に頑なに背を向けて、我が道をつき進む国が1つだけある。そう、我らが日本だ。先ほどの調査で47の国・地域が40~87%の範囲におさまっている中で、なんと日本だけが12・6%と、ドン引きするほどダントツに低いのである。”

出典) 『「うがい薬買い占め」で露呈する、日本の学校教育の致命的欠陥』

 つまり、世界の教育は「情報を鵜呑みにして覚える」から「情報を吟味する」ことに重点シフトしているということだ。生成AIの利活用が進行する世の中において、生成AIが出した答えを鵜呑みにしない、「情報を吟味する」教育の重要性は今後ますます高まるだろう。

2-5. 世界の教育システム

 大雑把に言って、世界の教育は「プロイセンモデル」の「旧来型」と「四つのC」をベースとする「21世紀型」に分類できる。さらに両者の折衷式の学校も多く存在する。そして近年注目されているのが、スイスで生まれた国際教育「国際バカロレア(IB)」である。また日本においてもモンテッソーリ教育(学年を取り払い、自由に学習できる独自システム)も存在する。さらに海外では多くのホームスクーラーと呼ばれる人がいる。既にYouTubeやスタディサプリ、そして生成AIがあれば学校に行かなくても十分な学習ができ、今後ホームスクーラーの数は一層増加することが予想される。
 選択肢が豊富だということもあり、日本から海外の教育機関に入学させる保護者もチラホラいることにはいる。しかしお子さんを留学させた経験のある保護者の中には、環境が合わず帰国した/合う教育システムを見つけるまでに10年かかり数千万費やしたという声も聞く。このようなことは日本人学生に限らず、良くあるケースだという。
 要するに、世界の教育システムは多岐にわたるが、お子さん一人一人違う人間であり、何が最適な教育システムかは誰にも分からず、教育のあるべき姿を検討する国や教育機関、そして親も模索している状況ということだ。


3.日本の教育の現状

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