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Wish You Were Here

あなたがここに居てくれたらよかったのに。
原曲での”You”はシド・バレットその人だけど、私にとっての”You”は「あなた」という概念なのかもしれない。


大学病院の眼科に行った。今年の春ごろから定期的に通院しているのだが、今日は飛び込みだった。
飛び込みがゆえ、受付の手際が悪い。検査にしても診察にしても、いつもより待たされている気がする。その度に「飛び込みで来るほど重症なのか」「私はここに居ていいのか」と不安が頭をよぎる。

結果としては、病院に行って良かった。先生は「「悪くなったらすぐ来て」って言ったのにこんなに待たせてごめんね」と言ってくれたし、何度か繰り返している目の炎症を、今回は初期段階で抑えることができた。

でも、一人で待っている間、とてもとても心細くて、私は「あなた」に居てほしかった。

そもそも、大学病院には付き添いを伴って来る人が圧倒的に多い。それはそうだ。システムは複雑だし、いつ名前を呼ばれるか常に気を張っていなければいけないし、バカみたいに待たされるし。なにより、大学病院というところは行くだけでぐったりする。
私も以前は母と行っていた。しかし、だいたいの場合、付き添いの母の方が疲れてしまって機嫌が悪くなる。それでは一緒にいてもらう意味がないというか、むしろ余計に気を遣うので、ここ2回ほどは一人で通っている。
 
「疲れたね」「待つの長いね」
「あとちょっと、がんばって」
「いったんご飯食べに行こうか?」
「よくやったね」「偉かったね」
そんな言葉をかけてくれる「あなた」がそばに居てくれたら……なんて、どうあがいても一人なのだから、「私」が「あなた」を務めるしかない。でも、私は「あなた」に居てほしかった。


一昨年の4月にうつ病を患った。今は社会復帰に向けたリハビリに取り組んでいる。

一人暮らしをしていても、大学にいても、サークルで活動していても、実家に戻っても、いつも「孤独」だった。今になってようやく、「私が私自身を見失っていた」ことに気が付いたけれど、辛かったあのときは、誰を責めていいのかすらわからなくて、「死んで全てを終わらせてしまいたい」と願ったこともあった。何度か。

そんな中で、遠くの遠くに見える希望の光は、「あなた」の言葉だった。そして、「「あなた」の言葉に救われた」と伝えることだった。

最近、実際に「あなた」と言葉を交わして、「あなた」は「あの人」と重なった……から、冒頭で「私にとっての”You”は「あなた」という概念なのかもしれない」なんてカッコつけたこと書いたけれど、実は「あなた」とは「あの人」のことでもある。

でも、私が「あなたに居てほしい」と強く願うとき、その「あなた」は「あの人」なのか、それとも概念の「あなた」なのか、正直よくわからない。


近頃、よく
“And the idea of letting anyone close to me is terrifying for obvious reasons, but the truth, Teresa, is that I can’t imagine waking up, knowing that I won’t see you. The truth is... I love you. Whew! You can’t imagine how good it feels to say that out loud, but it scares me... and it is the truth.”
という言葉を思い返す。
これはThe Mentalistというドラマで主人公のPatrick Janeが言った台詞だ。この”obvious reasons”とは、主に「調子に乗ってテレビで連続殺人鬼を煽ったら最愛の家族を殺された」というなんとも共感しにくい理由なのだが、それは置いておくとして、本当にその通りだなあと思う。
 
大切な人ほど自分の近くにいてほしくない。

病気から回復しつつある今になって、一番近くにいてくれていた母や、何でも言えて一生仲良しでいられると感じていた友達と、どうも上手くいかない。なんとか立て直そうとしたけれど、空回りして、ぎこちない感覚が残ってしまった。むしろ、近しい関係だけどどこか遠くで見守ってくれている人たちとの方が良好な関係を築けていたりする。

辛いときにそばにいてくれた人たちのことを嫌になるなんて、なんということだろう。でも、辛いときにそばにいてくれたからこそ、ちょっとした違和感とか「それ違う」が積み重なったのかもしれない、とも思う。

嫌なことがあって、言い合いになって、喧嘩してしまったとしても、人間関係はやり直せる、ということは、頭では理解しているつもりだ。ただ、嫌なことを言葉にするのがどうしようもなく苦手で、それにどうも私は、言葉が上手く伝わらないと、すぐに「もういい」と投げ出してしまう癖があるらしい。だから「一からやり直す」「辛抱強く向き合う」と真正面から対峙することが、とてつもなく怖い。


「あなた」にはそばに居てほしくない。概念としての「あなた」が居てくれるならいいのだけれど、「あなた」が「あの人」として私の近くにいるというのは、恐ろしいことだ。

でも、やっぱり、私はあなたに居てほしい。


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