#25 「木桶」を求めて小豆島へ、そこは発酵の神が宿る場所
先週末、日本の発酵文化の伝統でもある「木桶」を学ぶために、香川県・小豆島を訪れた。
というのも、桶と樽の違いはあれど、昨年、ヨーロッパでナチュラルワインやランビックのつくり手に出会い、とても強い興味を持ったのが発酵や熟成で使われる木樽だった。
樽の年月によって味わいも風味も色合いも変化する。例えばランビックであれば、その木樽を求めてイタリアやフランスのワイン樽はもちろんのこと、場合によっては遠く離れたアメリカやイギリスからウイスキー樽を探して手に入れる。つくり手にとって樽は酒づくりにおいて非常に重要な要素であり、良質な樽を探すのはとても難しいと話していたことを覚えている。
木樽には長年住み着いた微生物たちが生きていて、それらの活動と木樽の月日による変化が、個性豊かな酒づくりにつながる。だからつくり手は樽をとても大切にしていた。
日本においても、味噌、醤油、酢、そして酒と日本の発酵食品において不可欠な木桶だが、現代では、生産性の観点からほとんどがステンレスやプラスチックのタンクに置き換わっている。
実際に木桶で生産される醤油は生産量全体の1%以下にまで落ち込んでいて、木桶自体の生産量も減少している。現在では木桶を作れる桶屋も日本でたった1社のみになっているそうだ。
木桶自体が絶滅の危機に瀕している状態を、ヤマロク醤油の五代目である山本康夫さんの呼びかけで「木桶職人復活プロジェクト」という名のもと、木桶の魅力や文化、そして木桶を使った発酵食品や製品を広げる活動をされている。
また毎年この木桶の魅力や文化を広めるため、ヤマロク醤油さんの敷地内で「木桶サミット」というイベントが開催される。日本全国から、醤油をはじめ味噌、酢、酒などの発酵食品のメーカー、つくり手から飲食店や流通、あるいは時に自治体の方など「木桶」や「発酵」に興味を持つ方々が集まる。
今回は僕もこの木桶サミットに参加しつつも、ゆっくりと蔵と木桶を勉強すべく、前日にもおじゃまさせていただいた。
ヤマロク醤油のもろみ蔵は100年以上も前に建てられ、この蔵自体が国の登録有形文化財にも登録されている。その蔵の中に入ると、芳醇な香りが漂う。薄暗さもあってか、なんとも形容しがたい雰囲気で、芳醇な香りの中にも、どこか凛とした神聖な空気を感じる。
蔵も、木桶も、新品のそれとは違い、長い歴史と生命の力を感じる。実際に、木桶を含めて、この蔵全体には100種類以上の微生物たちが暮らしているらしい。「蔵付き」という言葉は酒蔵に行けばよく耳にするキーワードだが、ヤマロク醤油の蔵ほど、それを感じられる場所はないかもしれない。
というのも、木桶の周りには、まるで岩に生い茂る藻のように微生物たちが茂る。その佇まいは、まるで歴史ある神社に佇む御神木のような雰囲気が漂っている。木桶から発されている雰囲気が、静かで、逞しいのだ。
ビールやワインづくりで言えば、ヤマロク醤油の発酵はオープンファーメンテーション。大きく開いた桶は、この蔵に住む微生物たちを存分に取り込んで、じっくりと時間をかけてつくられる。
蔵を案内いただいた後には、ヤマロク醤油の醤油のテイスティングをさせてもらえるのだが、その味わいは大袈裟ではなく驚くほどの味の濃さ、強さを感じることができる。
特に看板商品でもある「鶴醤(つるびしお)」。商品紹介ページにも書かれているように長い時間をかけて作られる醤油は、コクの力強さが際立った味わい。またどことなく出汁のような旨味も感じられ、ただ、驚く。普段、スーパーで手に入る醤油と、木桶で、長い時間をかけてつくられる商品の味わいは、比較してみると、その違いをはっきりと感じる。どちらが良い悪いではなく、もはや全くの別物なのだ。
いつもより、ちょっと良いお肉やお刺身を用意して、この木桶仕込みの醤油でいただいたら、だれもが、贅沢で、幸せな気持ちになるはず。
蔵を丁寧に案内いただき、木桶とそこで仕込まれる醤油を目の当たりにしたことで、その醤油の味わいや魅力を存分に感じられる一日になった。
そして、翌日には木桶サミットに参加した。
朝9時前にヤマロク醤油の敷地で行われる会場に到着すると、たくさんの人たちが集まっていて、賑やかな太鼓の音や掛け声が聞こえる。蔵の奥に進むと、すでに木桶づくりの工程が始まっていて、何人もの人たちが木桶の材料でもある杉を抱え、釘を打ち込んだり、竹箍(たが)で木桶を締める作業をしている。
時間が過ぎるにつれて、会場には多くの方々が集まり、皆が木桶づくりに参加したり、分科会のような形で様々なテーマのワークショップが開かれたりと、まるで「木桶」をテーマにした文化祭、あるいは体育祭のような雰囲気だ。皆が木桶を、本気で学び、つくりに参加し、楽しんでいる。
今回特に素晴らしいと思ったことの一つに、このプロジェクトやサミットには、「木桶」を合言葉に日本各地から同業の醤油蔵の方々も集まり、垣根を越えて、木桶文化を盛り上げ、広めようとしている姿だった。
ともすれば競合という言葉で分断されがちなこともあるはずだが、奪い合うのではなく、皆で盛り上げていこうという意志と雰囲気が最高に気持ちがよかった。
そして、この日できたばかりの新桶に近づいてみると、杉のフレッシュで、爽やかな匂いを感じる。この新桶が何十年という時間をかけて変化をしていくのも楽しみの一つなのかもしれない。
ヤマロク醤油でのサミット終了後に、近くのホテルで開催された試飲会では、各醤油蔵の醤油と地元の食材を試すことができた。お刺身やステーキをいただいたのだが、特にステーキでいただいた濃口醤油は、それだけでまるで贅沢なソースのようで、長かった一日の疲れもすっ飛ぶような味わいだった。
この試飲会では、特にお酒づくりに関わる方々とたくさんお話をすることができた。木桶仕込みの日本酒、焼酎、ビールなど、実際につくり手の方々が持ってきてくださったお酒を飲みながら、意見やアイディアを交換する。
個人的にはビールの領域で言えば、フーダー(木樽)を用いてつくられるビールも大好きだが、より日本的なオリジナリティを考えたときに、「木桶」には、ストーリーと味わいの観点からとても大きなポテンシャルがあると感じている。実際に、木桶を使ったアプローチを考えているつくり手も多く、そんな話を皆で議論する時間もとても有意義で充実したものだった。
ヨーロッパで出会った木樽をきっかけに、今回、木桶を学ぶべく小豆島を訪れたが、木桶の素晴らしさはもちろんのこと、そこに関わる方たちとの出会い、熱量にとても心を動かされた研修となった。
この日、「木桶」を合言葉に出会った皆様、本当にありがとうございました。
salo Owner & Director
青山 弘幸
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