邂逅 - Michel Camilo

Q. これらのキーワードから連想するものは?
[もう一回/なんで!/冗談だよ/一方では/まだ]

A. One More Once

1994年にリリースされたMichel CamiloのCDアルバムだ。
上に挙げたキーワードは、収録曲をいくつかピックアップし、タイトルを日本語訳したものである。


Michel Camiloとは、現代のジャズ界においてヴィルトゥオーゾとも呼ぶべきジャズピアニスト。彼が超絶技巧の持ち主であることは、言葉で説明せずとも、実際の演奏を見てもらえば一目(あるいは一聴、とでも言うべきか)瞭然である。それはおそらく、ジャズにあまり慣れ親しんでいない人であっても。実際、私が初めて彼の演奏を見た時、(それは画面越しではあったものの、リアルタイムのライブ映像であった。)第一に持った感想は、「なんだこの人!?」というもの。上手いとか下手とか、好きとか嫌いとかではない。ただただ卓越した技術を見せつけられた私は、一体この人物が何者であるのか、ということに思考を巡らせるほかなかったのだ。

Michel Camiloと私との出会い、そして邂逅についてもう少し詳しくお話ししよう。
それは2020年の5月。(だったと記憶している。多分。)未知なるウイルスの脅威にさらされ、音楽業界に「ライブ配信」という文化が根付き始めたころ。2002年から毎年開催されている「東京JAZZ」でも、ライブ配信という形態が導入された。しかも、YouTubeで無料視聴ができる。それまで私は「東京JAZZ」の存在を知らなかったけれど、当時はまっていた、そして今でも大好きなジャズピアノトリオ、H ZETTRIOが出演するらしいから、彼らの出演時間にあたりをつけて、かいつまんで視聴しようと決めたのだ。(H ZETTRIOも私にとってとても大切なアーティストであるから、いつかまた紹介したいと思っている。)今の私からしたら、無料でこれほど沢山のアーティストの演奏を聴くことが出来る機会なんてめったにないんだから、無理してでも全部聴きなさい、お気に入りのアーティストが見つかるかもしれないでしょ…などと説教を垂れたくなるが、まあ当時の私はそんな感じだった。
そしてH ZETTRIOの出番が近づいてきた。とりあえずYouTubeを起動させ、配信を垂れ流しにしていた。のだが。いったいなんなんだ、この人は。演奏している曲は「Piece of Cake」というらしいが、まったくもって朝飯前ではない。こんなのを朝飯の前に弾いたら、朝飯にありつく前に死んでしまう。曲自体はそれほどアップテンポでもないし、大人の余裕みたいなものも感じられるのだが、アドリブがとんでもないし、圧倒的なリズム感みたいなものが伝わってきた。兎に角、なにがすごいのかもよくわからないが、本当にすごいのだ。すごいという感覚すら超えて、最早やばいだとか、ちょっと意味がわからないという感想が頭に浮かんだ。(ここでいう意味が分からないというのは、今までに見たこともないような、未知なる才能に遭遇した私の心境である。きっと彼の演奏は、私の頭では処理しきれなかったのだろう。)
確かに、朝飯前というような大人の雰囲気もあるし、(ないしは、文字通り優雅な"朝"だとか、Piece of Cakeを食べるティータイムを過ごしているような感じもある。)だけれども、なんというか、言葉では形容しがたいが、そして何度でも言うが、余裕の中にとんでもない技巧を感じたのだ。能ある鷹は爪を隠す、とでも言うべきか。爪が隠しきれていないので適切な表現ではないが、そんな感じだ。

それほどまでの衝撃を受けたにも関わらず、特に彼の音楽に触れることもなく一年ほどの月日が経ったある日。私はエレクトーンという楽器をやっているので、新しく取り組む曲を探そうと思った。エレクトーンを弾く時には大きく分けて二つの選択肢がある。①好きな曲を見つけて、自分で楽譜や音色、リズムデータを作る方法、②ヤマハから出版されている既製譜(エレクトーンプレイヤーによるアレンジ譜、ないしはオリジナル曲の楽譜)と既成の音色、リズムデータを買って弾く方法。今回は既成譜を弾こう、と思い自分が持っているエレクトーン曲集を片っ端から漁ったところ、少し難しそうではあるが、楽しそうな曲の楽譜を見つけた。それがMichel Camiloの「Just Kidding」だ。楽譜を見つけ、練習し始めた時には全く気づかなかったのだが、それから少し経った時、急に一年前の記憶が蘇った。「あの時の……!!」と気づいた時は全身に電流が走ったかのような衝撃を受けたし、勝手に運命のようなものを感じた。
(ちなみにこの曲は、冒頭で紹介したアルバム「One More Once」の収録曲である。)

彼の演奏に衝撃を受けた一年後、思わぬ形で再開してからはもうたちまち彼のファンになった。代表曲「On Fire」なんかは特に、一時期狂ったように聴いていた。それに、前述した「Just Kidding」は、私がジャズを演奏するコツを掴む大きなきっかけになった。(まだ胸を張って「ジャズが得意です!」と言えるわけではないが、それでもこの曲は、プレイヤーとしての私の何かを変えてくれたのだ。)

東京JAZZで存在を知った直後、何故彼の音楽をもっと知ろうとしなかったのか…という後悔は残らなくもないが、結果的に再び巡り合うことができたのは幸いだ。むしろ、彼のことを忘れた一年があったからこそ、"感動の再会"を果たせたようにすら感じる。2021年の夏にMichel Camiloを弾くということはあの瞬間から決まっていたかのような、そんな運命のようなものさえ感じてしまうのだ。

これが私の、Michel Camiloとの邂逅だ。
好きなアーティストは?と聞かれた時、必ず彼の名前を挙げるほど、いつの間にか彼の音楽は私の中でとても大切なものになっていた。今では、カミロの演奏を生で聴くということが、私の人生における夢の一つになっている。


以下、特におすすめの二曲を紹介するので是非聴いていただきたい。

↓とにかくアツい!かっこいい!という一曲。

↓On Fireとは違ったカッコよさ。クールなアツさ、といった感じ。


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