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妊娠初期の話

 桜の花が散り終わったころ、お腹の中に新しい命が宿っていることを知った。……と、爽やかに書き始めてみたものの、実際に妊娠を知った頃にはつわりが始まり、「これで妊娠してないなんて、そんなことは無いよね……?」という気持ちだった。

 そんな妊娠初期のことをつらつらと書いてみる。

 そろそろ子供を……と夫婦で決めてからそれなりの時が経ち、生理が少し遅れては妊娠検査薬で陰性を確認して凹むという事を何度か経験した。生理が1,2週間遅れる事が珍しくない人間なので、いつも期待半分、不安半分で検査薬を使っている。基礎体温を見て、単純に遅れているだけだろうなと予想はつくのに、つい調べたくなってしまうのは何故だろう。
 病院で不妊の検査をした方がいいのかな……と悩み始めた頃、また生理が遅れた。ここ最近、体調が優れず、基礎体温が高いまま2週間以上経っていたので、「いつもと違う……!」と、ドキドキしながら検査薬を使う。

 結果は陽性。飛び上がるほど喜んだ私は、すぐに産婦人科の予約を取った。そして、起床したばかりの夫に「陽性! 陽性だったよ! 来週、病院行ってくる!!」と叫んだのだった。

 あとでネットを見てみたら、パートナーへの妊娠報告にサプライズをしたり、病院で正常妊娠を確認してから報告する人も多いようで、びっくり。感情のままに報告しちゃったな、何かやれば良かったかな……なんて考えたけれど、普段からサプライズをやるような夫婦じゃないしな、と思い直したのだった。
 というか、病院へ行く時に行き先を告げないのだろうか。我が家は、出かける時はお互いに、「どこに誰と行くか」を自然と言う環境が出来上がっているので、ちょっと不思議。

 それから病院へ行くまでの1週間、吐き気はするし、お腹の調子も悪くなるし、食欲もなくなるしと、体調は悪くなる一方だったけれど、「これは絶対につわりだ」と思ってなんとか乗り切った。そして、明日は病院に行くぞという金曜、帰り支度をしていると部長に声をかけられた。

「今週ずっと青い顔してたよね。大丈夫?仕事大変だった?」
「え!? あ、えっと……その……」
 体調良くないのバレてたー!
 マスクしてるし誤魔化せてると思ってたー!!

 コロナが流行り、体調不良なら会社を休めというこのご時世。なんと答えたものか悩む。別に今週は大変な仕事もなかったし、嘘は言いたくない……。

「あの、実はですね。妊娠したみたいで、明日、病院行くので、それまでははっきり言えないんですが、つわりかなって……」

 結局、オフィスの隅っこに移動して報告した。
 部長は私が入社した当時、人事部で採用や新人研修を担当していたので、新人の頃からお世話になっている。それに何より、女手一つでお子さんを育て上げた方だから言っちゃっていいやと思ったのである。

 部長は我がごとのように喜んでくれた。

 そして次の日、近くの大きい駅から歩いて3分のクリニックに行った。正に「駅前の病院」といったこじんまりした所で、妊婦健診は中期まで診てもらえる。もともと里帰り出産するつもりだったので、商業施設のある駅の近くなら便利だし、通いやすくて良いかと選んだ病院だ。……あとでそれを後悔することになるのだけど。

 予約はしてあったものの、待合室で待つ事1時間半。おじいちゃん先生に状態を説明して、診察して、検査した結果は「まだ赤ちゃんの姿は見えないけどね、羊水の入った袋は見えるから妊娠していることは間違いないでしょう」という物だった。
 ほっとした。でも、コレ、大喜びするには早いのかな? などと考えているうちに話は進む。

「卵巣が片方腫れててね、大きくなっちゃってるんだよね。本当は2,3cmぐらいなんだけど10cm近くあるね。これ……いつから腫れてるかわかんないよね?」

 なんでも、妊娠する前から腫れてるなら問題だが、排卵・妊娠の影響で腫れてるだけなら、このままでも良いらしい。けれど、現状、いつから腫れていたのかわからない。半年ほど前に受けた職場の健康診断では何も言われなかったけれど、子宮頸がんと乳がんの検査だけだったはずなので、やっぱり不明。

「産む病院が決まってるなら、そこに行って見てもらって。里帰り出産? 隣の県なら行ってこれるね。うちはゴールデンウイークに入っちゃうし、次の予約が取れるの、ひと月近く先になるから。4月中に行ってきて」

 そう言われてしまっては仕方ない。クリニックから帰った後、実家近くの産婦人科医院の予約を取ったのだった。とりあえず4月中に予約できたので一安心。連絡した母は妊娠を喜んでくれたけれど、事情を話すと心配そうだった。

 そして、悪化するつわりと、卵巣への不安を抱えたまま時は過ぎ、地元の産婦人科医院へ。
 ここでも、予約してあるとはいえ1時間以上待った。産婦人科ってそういうものなんだなと思いながら本を読む。待ち時間で『鹿の王(4)』を読み終わった。出版された当時、ハードカバーの物を買って読んでいたけれど、外で読むなら文庫版が良いと買ったもの。どっちの表紙絵も素敵ですよね。

 そして診察。そこではっきりと赤ちゃんの姿と心拍を確認した。穏やかなおじさん先生が「元気ですねー」とにっこり笑う。私もほっとしたのと、嬉しいのでにっこり笑う。ドッドッドッという音を聞いて、存在を強く感じた。
 問題の卵巣については、「大きいねー」とのこと。
 胎盤が完成するころに小さくなれば問題ないけれど、小さくならないようだったら手術の可能性もある。でも、妊娠初期に卵巣が腫れるのは珍しくない。とりあえず、今は経過観察するしかないといった事を説明してもらい診察終了。「母子手帳もらってね」の紙をもらう。その後、助産師さんから妊娠期間の注意点や、妊娠後期に里帰りする時の説明を受け、分娩予約をしてもらった。
 助産師さんからの説明が丁寧で感動してしまった。こういったサポートがしっかりしているのは、分娩まで扱っている規模の病院だからだろうか。不安が軽くなった。

 それから、母子手帳をもらったり、夫のご両親に報告したりした。こちらもとっても喜んでもらえた。やっぱり報告して喜んでもらえると嬉しい。しかも、お義母さんは夫と、夫の妹さんを妊娠した時、妊娠悪阻で入院していたらしく、「とにかく無理しないで、食べられる物を食べれば良いからね」ととても心配してくださった。その心遣いが嬉しい。
 ちなみに、私の母親は、姉の時も私の時もつわりが全くなかったらしく、大変羨ましい。その部分、似てほしかった。

 ゴールデンウイークは家でぐったりと寝て過ごし、つわりと戦いながら出勤する毎日を乗り越えて、駅前のクリニックを受診する日がやってくる。

 卵巣は14cm近くまで大きくなっていた。

「大きくなっちゃってるね。うちだと詳しく見れないからね。やっぱり分娩する病院で見てもらった方がいいよ。この辺の病院より、妊婦健診もそっちで受けた方がいいと思うんだよなあ。もし紹介状が必要なら書くからさ」
 赤ちゃんは元気だけど、卵巣は大きくなっているからと、地元の病院に通うことを勧められ、次回予約も取らせてもらえず、クリニックを後にした。

 私は大混乱である。

 ここに健診で通うつもりだったけど、2時間以上かけて地元まで通わないといけないの? おじいちゃん先生は、市が発行している健診の補助チケットを使うのは12週からだから使えないと言っていたけれど、1回目の妊婦健診って12週までじゃないの? 
 疑問いっぱい、不安いっぱい。

 翌日、地元の産婦人科医院へ電話した。卵巣が大きくなっていることなど、事情を説明する。

『ちょっと待ってくださいね。先生に確認しますから』
『その大きさでも当院で分娩するのに問題はないみたいですよ』
「でも、分娩する病院に通うよう言われてしまって、健診の予約をしたいのですが……」

 受付のお姉さんだとわからない事のようで、看護師さんから折り返すと言われて電話は終わった。
 この先への不安で潰されそうになりながら電話を待つ。
 「こういうのって、待ち構えてるとなかなか来ないよね。ゆっくり待とう。何か食べられそう?」
 夫はそう言って、泣きそうな私の手を握ってくれた。妊娠中は気持ちが沈みやすいと聞くけれど、その通りだ。夫が休みの日で本当に良かった。
 電話がかかってきたのは、それから数時間後だった。

『健診は何かあった時のために近くの病院がいいと思うんだけど……もう11週に入っちゃうんだよね?』
「そうなんです。とりあえず、分娩する病院に行っておいでと言われてしまって、どうしたら良いか……」
『じゃあ、とりあえず来てもらって、それから近くの病院に切り替えましょう。なるべく早く診察に来てください。1回目の妊婦検診、チケットないと4万ぐらいはかかるから、お金持ってきてね』
「はい」
 見放されたような気持ちになっていたところに、光が差した気がした。

 それから3日後、医院に行くと、診察の前に看護師さんと改めて話をすることになった。結果として、今回は卵巣の様子をしっかり見て、1回目の健診は家の近くの病院に行くことになった。一応、電話のあとで近くの病院を調べなおし、分娩まで対応していて、緊急の時には24時間受け入れてくれる所に目星をつけていたので、落ち着いて話ができた。

 今回の先生はとっても早口だけれど、その分、細かく説明してくれる先生だった。

「エコーで見た限り、卵巣に水が溜まっている感じだからね。異物とか粘液が溜まってると問題だけど、これなら悪い物じゃないと思うよ。今は胎盤が完成するまで、経過を見るしかないけどね」
「はい」
「近くの病院で引き続き見てらえるように紹介状をしっかり書くからね。その辺りだとA病院とかになるかな?」
「あ、そこに行こうと思っています。まだ、予約はしてないんですけど……」
「うんうん。いいんじゃないかな。僕も当直に行ったことあるけどね、ちゃんと見てもらえると思うよ」

 その言葉に安心する。看護師さんが「先生、ホントどこにでも行きますね」と笑っていた。

 2日後、A病院に行った。立て続けに急な休みを取る事になってしまったけれど、心よく許可してくれた部長には感謝しかない。繁忙期じゃなくて良かった。

 A病院は小児科や内科もある少し大きな病院だ。受付で紹介状を渡して、どきどきしながら呼ばれるのを待つ。
 担当してくれた先生は、若い女医さんだった。今までの経緯を説明すると、「大変でしたね」と言われた。
 健診の結果、お腹の子は元気、でも卵巣は14cm近い大きさのまま。ここでも経過観察になった。次回、萎んでくれる事を祈るしかない。
 そしてこの日、初めて妊婦健診のチケットを使った。

 1回目の妊婦健診を終えて、やっと「妊婦」としてのスタートを切れた気がした。母子手帳を貰った時も、胸にくるものがあったけれど、通う病院も自分の状態も落ち着いていない状態で、気持ちもふらふらしていたから。
 最初からここの病院に来ればよかった。

 それから3週間後に2回目の妊婦健診があった。看護師さんからの保健指導という名の二者面談付き。病院が混んでいたので、「診察前に保健指導から始めましょう」ということで、面談からはじまった。
 看護師さんは陽気な方で、「電車で通勤? つわりがある中、大変だよね! 偉いよー!」といっぱい褒められて自己肯定感が爆上がりである。それから今不安に感じていることや、産後の周りの協力体制なども聞かれる。日帰りできる距離とはいえ実家まで遠いのだから、行政の産後支援制度に登録しておくように言われた。

「うちでもケア事業やってるけどね、ママさんみんな疲れてるからね! 実際に使うかは別として、使いたいってなった時にすぐに使えるようにしておくのは大事だよ」

 そう言われて、里帰りする前に登録することを決意した。

 夫が家事へ協力的かどうかも確認される。正直、これへの回答は惚気になっていた気がする。私よりも家事が上手で、つわりが始まって以降、料理などは夫がほとんどやってくれていたので。しかも、食欲がない時には「何が食べられるかな?」と私に聞いて麺類やゼリーなどを常備しておいてくれるような人なのだ。
 看護師さんが「素敵! 産後もぜひ続けてもらえるように甘えちゃいましょう!」と言うので笑ってしまった。

 そして診察。今回の担当は、のほほんとしたおばあちゃん先生だった。1回目の時の色々な検査の結果は異常なし。赤ちゃんも元気だったけれど、卵巣は腫れたままだった。

「大きくはなってないね。今のところ問題ないけど、これが捻れたりすると激痛が走るから。そしたら緊急手術ね」
「あ、はい」

 のほほんと言われて軽く返事をしてしまったけれど、手術ってそんな一言で終わる話なんだろうか。後からじわじわと不安が込み上げてくる。いやでも、軽く言うってことは、そんな事になる確率は低いって事なんだ……と思うことにした。今は母子共に元気だし。

 そして現在、妊娠中期に入りそこそこ経つ。つわりも収まり、お腹をポコポコ蹴るお腹の子の存在も感じられるようになった。なんだか初期の頃のことを思い出すとあっという間だったなと思う。
 つわり中は、いつになったら辛いのが終わるんだと毎日のように思っていたのに。熱さも喉元過ぎればなんとやらだ。

 ちなみに、卵巣は3回目の健診の時に8cmまで小さくなったけれど、4回目の健診では7cmぐらいで、「この時期でこれだと、もう小さくならないね」と言われてしまった。手術できる期間も過ぎているし、このくらいの大きさだと何もしない事が多いらしい。
 出産するのに問題はないと言われていても、これで良かったのか不安は残る。けれど、今考えても何もできないので、棚上げすることにした。色んなものに『お母さんはストレスを感じないように穏やかに過ごしてね』と書いてあることだし。


 最近は、明け方にやたらと足をつる方が問題である。寝る前にちゃんと水を飲んでいるのになあ。

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