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偉業に後押しされて

昨日(4/12)、珍しく早起きをした。午前4時半に目覚ましをセット。全ては松山英樹のゴルフを見るため。緊張感に溢れたスポーツ観戦がこの上なく好きなのだ。アメリカで行われている最高峰のゴルフトーナメント。首位で迎えた最終日。何年も待ちに待ったこの時が、ようやく来たのだ!とにかく優勝を見逃したくなかった。

 2004年から2017年まで、私はニューヨークで暮らしていた。その間、現地のテレビ放送で何度か彼の活躍を見ていた。最初は2011年のマスターズ。19歳の彼はまだ体も細く、おとなしい少年のような姿で、豪華なインタビュールームに座っていた。お行儀の良い日本人という感じで。

 数年後、TVのゴルフ中継に映った彼は、全く体つきも変わり、別人となって堂々と戦っていた。ひたむきな姿勢と平静さ。米国のゴルフ界にすっかり慣れ、受け入れられている感があった。現地の実況でも彼のことはいつも褒めていた。(いや、褒めているように聞こえただけかもしれないが。)

 海外に住むと、日本人の名前がテレビから聞こえてくるのは嬉しいものだ。「Hideki Matsuyama... 」と言われると、全く知り合いでもないのに、あたかも友人かのような気分で高揚してしまう。母国繋がりというのは、すごいパワーを持っている。誰であろうと日本人であれば応援したくなるのだから。まして松山のように英語がそこまで流暢でない人に対しては、つい自分を重ねて感慨深くなってしまう。

 当然だが言葉の壁は問題の根源となることが多い。文化の違いや状況把握が一層困難になってしまうから。そのため、想像も出来ないような事が、次から次へと大なり小なりやってくる。毎日ジワジワとボディーブローのように、心身を追い詰めていくのだ。その上食べ物、水、空気、全てが違う。どんなに技術を持っていても、海外で挑戦する事は簡単なことではないのだ。それでも松山はそれらを乗り越え、気丈にプレイしているように見えた。まるで全身に鎧をまとい、全ての困難を跳ね返しているかのように。そんな彼をみて「いつか必ず優勝できる」と確信していた。

 あれから更に数年。メジャー大会で2位となって以来、プレイする姿を見なくなっていた。(私が日本に帰国してしまったからかもしれない。)そこへ久々に松山の名前が目に飛び込んできた!マスターズ2日目だった。そして3日目、松山単独首位で最終日へ!

 午前4時半。目覚ましが鳴る。既にスタートしている。最初はウトウトしながらベッドで見ていた。ボールが木に当たったり、徐々に差を縮められているよう。それでも淡々とプレイを続けてスコアをキープしていた。ベッドから起き上がり、コーヒーを淹れる。そこからは我が事のように、一打毎に緊張を感じながら見ていた。追い上げてくるプレーヤーのミスで少し差が開く。TVの前でガッツポーズ。明らかに優勝は目前に近づいている。喜びたい気持ちが湧き上がるが、油断は禁物だ。

 TVからも「最後までパーでいけばいいんだから大丈夫」「現地では既にCongratulations!と言われます」などと解説者やリポーターの声が流れてきた。いや、そんな事まだ言っちゃダメ!だからいつも日本は負けてきた。(ドーハーの悲劇もしかり。)最後の瞬間まで絶対に守りに入らないで!松山に届けとばかり、祈るように呟いていた。

 そして迎えた15番ホールのショット。打った直後、それはもの凄く美しく、真っ直ぐに放物線を描いていった。思わず「きれいだ。。。」と見とれていたのもつかの間、着地したボールは勢いよく池の中へ飛び込んで行った。一瞬にして地獄。この世の終わりみたいな気分。どうしよう。。。実況もみな同様が隠せない。だから言ったこっちゃない。「パーで行けば」なんて、油断してはいけないのだ。しかし驚く事に松山自身はリアクション一つ出さないどころか、この状況で穏やかな表情にすら見えた。何という驚異のセルフコントロール。あまりにも精神の高みに達している。冷静にならなければ、、、と応援している側が教えられてしまった。

 ふと、自分が渡米したばかりの頃の感覚を思い出す。とめどなく続くハードル。一つずつ越えようとしていた時、無意識に感情を捨てる事に徹していた。心に鉄の壁を下ろし、何が起きても「それがどうしたの?」と普通に受ける。逃げるわけでもない。ただ淡々とベストな策を考え、一つずつ集中して解決していく。誰から教えられたわけでもないが、それは崖っぷちに追い込まれた人間の本能なのかもしれない。そのうちに気付いた。困難にぶちあたっても、正しく一つずつ策を講じれば大事には至らないということを。そしてその先には、幸運が巡ってくる事さえあるということも。

 松山の冷静さを見た時、彼の心の中にも、あの「心の鉄壁」に似たようなものが存在するのではないかと思った。(レベル違いだし、私はセルフコントロールにすら至ってないが。)この試合の状況で緊張と感情を抑えるのは並大抵のことではない。そしてこれこそが、数年前に2位で悔し涙を流した後に身につけた能力ではないだろうか。その時松山が気づいた1位と2位の決定的な能力の差。攻めの姿勢で勝ち切る精神力と、最後まで感情を封印する力。

 その後、何事も無かったかのように、松山は素晴らしいショットを繰り出し、運を呼び戻した。そのあまりの冷静さが、相手にとってはプレッシャーにすらなっていた。ピンチのあとのチャンス。いたずら好きなゴルフの神様は、彼がどう切り抜けるかを試していたのかもしれない。勝者となる素質があるかどうか。。。最後の一打まで勝利の女神は誰に微笑むか分からなかった。ジェットコースターのような試合展開の中、全ては松山の心の強さ一つにかかっていた。そう、ゴルフはメンタルのスポーツなのだ。

 最後の一打まで緊張は走った。ギリギリの1打差。松山は自分との戦いに打ち勝ち、グリーンジャケットを手中に収めた。優勝した瞬間にガッツポーズも出ないほど感情を心の奥に押し込めながら。ジャケットを着た時、初めて高々と拳を突き上げ、溢れんばかりの笑顔を見せてくれた。やっと感情が奥から出てきたのかもしれない。

 本当に忘れられない感動の試合。簡単に優勝していたら「天才」としか思わなかったかもしれない。しかしこの試合では、いわゆるゾーンにも入っていなかった#。本人曰く、最後まで緊張していたという。だからこそ、すごく人間らしくて、この偉業が10年以上に渡る彼の努力の賜物と気付かせてくれたのだ。それは多くの人々に勇気を与えたことだろう。まさにこれがスポーツの力だ。

 私もその一人である。この試合で背中を後押しされ、エッセイを書き始めた。これが初めての投稿である。凡人でも、才能が無いと思っても、「努力」を続けることで見えてくるものがあると信じて。どうしても乗り越えられない壁。人生の折り返し地点を迎えてから新たに見る高い山(夢)。最初から随分もがいたが、どんなに苦しくても今はやり切ることだけを考えている。好きなことだから、一歩ずつ楽しみながら進んでいく。。ありがとう、松山英樹選手。

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