【追悼・Barry Harris】極私的Lee Morgan/The Sidewinder論。

享年91。

丸谷明夫先生の訃報に続き、ポッカリと言うにはあまりに大きな心の穴を開けこの世を去っていきました。しかし悲しんでばかりもいられません、時折後ろを振り返りつつしかし着実に前進していかなければ。すなわち主宰の立場はこうです。歴史的名盤と呼ばれる氏の演奏をできる限り分析し言語化することで、残された世代へと語り継ぐ。

音楽の聞き方に正解なんてありませんし、凄ぇモンは凄ぇンだよで済む話なのかも。御託は不要。しかし今回取り上げる「The Sidewinder」に関して楽理的あるいは歴史や文化に基づく分析というものは意外と少なかったのでは、という印象が強く。名盤と謳われる作品に向き合う時ほど、ある種の思考停止に陥ってしまうジレンマがあって。

ならば自分の手でやってみようじゃないかと。主宰はトランペットのことも、早々に挫折したピアノのこともサッパリわかりません。あくまでドラム/リズム的観点から、あるいは聞き込み度合から、信じられない程自分本位に書き進めてまいります。訃報のショックから立ち直れないまま、まさかのノーカット撮って出し。スルー推奨。

①「24小節ブルース」というフォーマットについて

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まずはここからです。つまりそれまで主流とされてきた12小節ベースから逸脱し、70年代へ向かう新たな流れを模索した軌跡。レビュワー方に散見される「小難しい話は抜きにして、とりまジャズロックとして聞けばええんや(超訳)」的意見へのささやかな反抗、楽曲成立に至った経緯について独断と偏見で迫ってみたいと思います。

本稿の主人公であるBarry Harrisがソロ中に見せたオクターブ奏法的アプローチ、あるいは同アルバム収録曲「Boy, What A Night」の拍子感覚から推察するにやはりWes Montgomeryの影響が色濃いのではないか、というのが主宰の見立てです。同年代の24小節ブルースと聞いてパッと思い浮かぶのは「West Coast Blues」くらいのもので。

ただ12小節を倍尺に引き伸ばしたというよりは、過去のサウンドをリファレンスとしつつ、モードジャズという無調の世界線を経由しさらに先の景色を描くのだという強い意欲が感じられます。例えばそれは、今作に対し否定的なレビュワーに散見される「音楽性の煮え切らなさ」「サナギ感」「芋っぽさ」みたいな部分とも通ずるのかもしれません。

②リズムは「ハネている」のか「いない」のか

ここも非常に大きな謎です。つまり歌い出し、Billy Higginsのドラミングは一見「ハネた」レガートの質感を纏っている。しかしそれが中盤以降「イーブン」に近いタイム感へと、明らかに軌道修正されてゆく様子がわかります。ここで主宰の読み筋は二手に分かれます、すなわちa)レコーディング当日いきなり譜面が手渡され、打ち合わせもないまま録音が始まった。

あるいはb)「バウンス」したリズムを演出しようと、敢えてリズム組みをグラデーション化した。正直後者はかなりメタ的推理の側面が強い、よってどちらかといえばa)説に軍配が上がりそう。論拠は『Kind Of Blue』のレコーディング風景。突然手渡された「モード進行」を乗りこなせた者とそうでない者、あるいは進行に関係なく美学哲学を貫き通す意志力や差別化戦略。

そうした軌跡がOKテイクにもよく表れていて。今日一日かけてじっくり本曲と向き合いましたが、聞けば聞く程面白いつくりで。例えばレコーディングされた順番について思い巡らせてみた時、恐らくはこの「The Sidewinder」が最初だったのだろうなという予感がある。一回性を重んじるジャズ特有の「出たとこ勝負」「お見合い合戦」感が随所に。

③後世代はどう解釈したのか

ここで、後世代のテイクを思い付く限り列挙し比較検討に入ります。

うむ、やっぱり「ハネてない」。しかしリリース直後の時期は「バウンス」したテイクもあれば徹頭徹尾「イーブン」で押し切るテイクも混在しておりいずれにせよ、当楽曲が時代に与えたインパクトの大きさを物語っている。例えば「Sidewinder」以後の24小節ブルースとして有名なのはWilson Pickett「Mustang Sally」、彼がAtlanticに移籍したのは同年1964年の出来事です。

あのOKテイクすらワンテイクで仕立て上げられた可能性。真実は渦中の60年代を目撃した方にしか知り得ません。ひょっとすると、生前のLee Morganを良く知る人物がnoteにいらっしゃるかもわからない。どうか自分本位にメタ推理満載で語り継いで下さい。もしも追体験が叶うのであれば、その時は、喜んで。心より、氏のご冥福をお祈り致します。


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