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短編小説

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読み物。君と僕の日々の物語。 どこからでもいけますが、古い方から順番がおすすめです。
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2023年6月の記事一覧

『体温』

読み慣れない漢詩に、 あくびが漏れる。 班別発表の準備で、 今日の国語は、 図書室での授業となっていた。 「杜甫って誰だよ…。」 「李白じゃない方だよ。」 楽しげな様子で ノートのメモ書きを増やす クラスメイトの返事に、 なるほどと思いつつ、 何の気無しに伸びをする。 丁度、二つ隣のテーブル席から 窓際の棚に向かう、 君の姿が目にとまる。 (そこ、絶対授業と  関係ないとこだよね。) "近代"と書かれた棚の札を ちらりと見て、 僕も席を立つ。 首をさすりながら

『貸したノートの話』

「今日の外周は無しー。  筋トレしたら帰っていいって!」 「やったー!ラッキー!」 隣のクラスからの伝達に、 部活仲間と笑みを交わす。 五限の終わりあたりから 降り出した雨風は強く、 他の部活も次々と、 校内での活動に縮小する旨が、 伝えられていた。 にわかに活気付く教室は 普段と比べて、 ざわめきが大きく感じられる。 少し慌て気味に支度をしていると、 不意に左肩をつつかれた。 「さっき借りたノート、  返してなかった。ごめん。」 声の方へ振り向くと、 ピンクの

『林間学校の帰りの話』

最終日、バスは市街地から高速道路に入った。 青々とした山や田畑が遠くになり始め、昼下がりの車内は、 カーテンを閉めて、誰もがうとうととした空気に身を委ねている。 薄明かりの揺れる中、私はバス酔いしたクラスメイトと、 席を交換することになった。 彼女のいた、後方から3番目の席に着く。 (あぁ、確かに少し、  揺れが大きいかも。) 振動を感じながら、カバンを開け、 水筒を取り出し、冷たい麦茶を一口すする。 窓側には、カーテンに寄りかかり寝こける、見慣れた顔がいた。 (