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ショートショート、瞬間の切り取りが多いです。 お花や空の写真を眺めるだけでも…楽しんでいただけますと幸いです。
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#言葉の添え木

『音の記憶』

君が私の名前を呼んだ 苗字ではなく 名前の方を呼び捨てで 戸締りを終えた薄暗い 二人きりの教室で お返しに 君を名前で呼んでみた 精一杯の呼び捨てで 「悪くないね。」 どことなく照れを隠した返事は 少し熱を帯びていて 耳の奥がこそばゆかった #言葉の添え木 #詩 #散文 #イラスト

『ひとつ』

バラが咲いた。 「ふんわり」 「いっぱい」 「こんもり」 「どっさり」 ぴたりとはまるひとつが 見つからない 君との言葉遊び。 バラの隣で ふたつ 笑顔が咲いた。 #言葉の添え木 #詩 #散文 #バラ

『揺らぎ』

「たまにさ、雲でお日様が隠れて、  暗くなる瞬間ってあるじゃん?」 「うん。」 「風も少し冷たくなるような  気がして。」 「あー。  やけにスーッと感じるような。」 「そうそう。」 「でさ、なんとなく顔上げたらさ…」 君の言葉の途中で、 その瞬間は唐突にやってきた。 顔を見合わせ、揃って空を仰ぐ。 隠れたはずの太陽は、 オーロラ色の雲を纏って、 私たちをやり込めた。 「うわっ…  直接見てないはずなのに…。」 「うっ…またやられた。  な?暗いわりに、思

『嵐の夜に』

いつも決まって窓の外を眺めていた 君の背中を思い出し、真似をしてみる。 冷えたガラスに映る 電球の温もり。 「また積もるね。」 諦めと期待の入り混じる言い方は、 素直でない君そのもので。 今宵も私の声だけが、 吹き荒ぶ白い雪にかき消されていく。 #言葉の添え木 #詩 #散文 #雪 #夜 #写真

『重なる熱』

いつものベンチ。 ふと、小指同士が触れる。 びくっと手を戻す君。 僕は動かない。 気にはなったが、問題はない。 いくらでも待てるから。 今度は僕の手の甲に、 君の手のひらが重なった。 少し震えている。 「大丈夫?」 君は真下を見たまま、頷く。 重なった分だけ、 少し強くなれた気がした。 僕は手首を返して、 君の手のひらを迎え入れる。 そろりと指の付け根を広げると、 君が指をおろしてくれた。 閉じ込めた体温を逃がさないように、 今度は深めに、君を受け入れる。 指

『形無き物』

「「まる、まる、まる。」」 急な坂道 絡めた指が離れないように 声を合わせる 足元を見ながら 少し掠れた優しい声にも 耳を傾けて さっき貰ったいちごの飴と 風になびいた髪の香りは 甘く 甘く 午後6時半 五感の全てで 君との見えない バランスを取る #言葉の添え木 #詩 #散文

『休』

「こんな暑い日に  部活の外周なんて。」 坂の上までようやく辿り着き、 張り切りすぎな太陽に愚痴を溢す。 他の部活の掛け声が、 近付いてきた。 よれよれで膝に手を付く自分が、 君の目に止まらないように、 タオルを口にあてて、下を向く。 ふと、足元に佇む ビタミンカラーと目が合った。 軽やかな明るさに惹かれ、 思わず手を伸ばしたその一瞬。 駆け抜けていく君の 眩しい風が舞い込んでくる。 触れ損ねた大輪の花は、 一度大きく傾いた後に、 私の指先を優しく撫でてくれた。

『遠回り』

夕闇の街。 私の家も、君の家も通り過ぎて。 他より安い自販機で、 なんとも言えない味の メロンソーダを買う。 新緑で満たされた小さな神社の、 錆びたベンチで 空を見上げて。 あと5センチ身長が欲しいとか、 じゃあカフェオレ買った方が 良かったんじゃないかとか。 今日でなくてもいい話。 それでも。 今、この時間、この場所で、 君の隣で話していたい この気持ち。 近道なしのこの気持ち。 #言葉の添え木 #詩 #散文 #イラスト

『青の記憶』

『青の記憶』 車のおもちゃ、洋服、空、海。 僕は青色が好きだった。 青に合う色は、白だけだと思っていた。 空の雲も、海の砂浜も、 ブレザーの中のワイシャツも、 みんな白だったから。 いつものように僕は、 真っ白な画用紙に、 青い絵の具で空を描く。 不意に隣に現れた君が、 カラフルなパレットを差し出してきた。 黄緑、茶色、オレンジに水色。 君の視線を追って、なんとなく僕は 桃色をひとすくい、筆に取る。 君も同じように、その色を拾う。 心の端には、まだ抵抗がある。