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月あかり。

〜女の子・サーカスのクマ・狩人の言葉を使った物語。〜

明日でとうとう右手いっぱいになる。
わたしのたんじょうびなのです。
おとうさんが、町のはずれに来ているサーカスに明日連れていってくれる約束になっています。
とっても楽しみで、ベッドに入ってもなかなか眠れないのです。

今日着ていく服は、数日前からもう選んであるのです。
お気に入りのワンピースに、透き通ったお池のお水の深いところのような、深い青色に緑色が混じった色の毛糸でおかあさんが編んでくれた、お気に入りの帽子をかぶるのです。
ちょっと寒いかもしれないので、おかあさんのお古の茶色のストールを肩から羽織って引きずって汚さないようにするの。この茶色のストールがお日様に当たると、温かみがあって、だけど静けさがあって、なんとも言えない色になるのがステキなの。
おかあさんの選ぶ色は、とってもステキなのです。


村の外れまで、おとうさんに手をにぎってもらい、サーカスのテントに入る前から、にんまりが止まりません。

サーカスのテントの中では、足長ピエロさんが、たくさんのボールを両手を使って空中でとったり放り投げたり。
テントの上を見上げて、二つあるブランコの片方の人が空中でもう片方に飛び移ったり。
落ちたら痛いのにと思ってひやひやしました。
なかでも気に入ったのが、クマさんの玉乗り。
おおきなクマが大きな玉に四つ足で乗ってぐるっと一周するの。
一周し終えると、後ろ足で立ったまま拍手をするの。もちろんわたしは手が痛くなるくらい拍手したんだよ。

幕が下りて、みんながテントから帰っていくときに、おかあさんに作ってもらった毛糸の帽子がないことに気がつきました。
おとうさんにおかあさんの帽子をとりに行ってくると伝え、そこで待っていてもらい、わたしはさっきまで居たテントのなかへと走っていきました。
毛糸の帽子は座っていた長イスの下に落ちていました。
ほっとしました。

急いでおとうさんの元へと走ってテントを出ようと思いましたが、なぜかさっきとは違う出口から出てしまいました。
そこには、先ほどのクマさんが檻の中にいて、わたしに向かってなにか言ってきました。
(なんだ、ちっさい女の子じゃないか。この子じゃオリからだしてくれないな。・・・。)
不思議なのですが、クマの声が聞こえました。
そう。わたしはときどき動物の声が聞こえるんです。
クマさんに言いました。
「おりから出たいのクマさん。」
クマのおじさんは、おちびさんには無理な話しだ。と寝てしまいました。

晩ごはんの時に、おとうさんに聞きました。
サーカスのクマさんは幸せなの?
おとうさんは、クマさんが幸せというのなら幸せなんだろうね。と答えてくれました。
今日は、クマのおじさんのことを考えていてベッドに入ってもなかなか眠れませんでした。


朝まだお日様が顔を出すまえに起きだして、クマのおじさんに会いに行くことにしました。
もちろん、ひとりでそっと家を抜け出します。お気に入りの毛糸の帽子もしっかりとかぶります。

小鳥が皆「おはよう」と歌いはじめるくらいの、うっすらと空が明るくなるころにサーカスのテントに着きました。まだ誰も起きてきていないようです。
クマのおじさんのところに行き、寝ているクマのおじさんにあいさつしました。

おはようクマのおじさん。
クマのおじさんは、「きのうのおちびさんじゃないか。こんな朝はやくになにしにきたんだ。とゆってもわかるはずないか、にんげんのおちびさんに。」と言ってまた丸まって寝ようとしました。
わたしは右手を突き出し、ゆびを開いて見せてクマのおじさんに言いました。
「おちびさんじゃないよ、もう5才なんだから!」
クマのおじさんは、こちらをきょとんと向いて、「おれの言うことがわかるのかい?」と聞いてきました。
うなずいて、「クマのおじさん幸せなの?」と昨晩から聞きたかったことを言いました。
「きゅうに何をいいだすんだ、おちびさん。幸せかって?」
クマのおじさんはそう言うと、檻の一点を見つめ「どうなんだろうな。」と小さな声でつぶやきました。
わたしに視線をもどし、「ともだちもいないし、こんな狭いオリの中で暮らしてるんだ、幸せなんてのは、日に1度もらうゴハンくらいなものだな。」
「せまいオリから出れば幸せになれるの?」わたしが言うと、クマさんは、
「まだ外には出たことがないんだよ、おちびさん。でも、気持ちいいだろうな。オリの外は。それに、玉にのらなくてもいいし、ともだちもいるんだろ?オリのそとには。おれはともだちがひとりもいないんだよ。」
そう言って悲しそうな目で檻の一点を見つめました。

村の外れに住んでいるわたしも、いつも遊ぶときはひとりぽっちだった。村には同い年の子供はいないし。
「じゃぁクマのおじさん、わたしのともだちになってくれる?そうしたらここからだしてあげるよ。」
そう言うとクマのおじさんは、目をキラキラさせながら、ともだちになってくれるのかい?そしてここからだしてくれるのかい?と聞いてきました。わたしはうなずいて、クマのおじさんも何回もうなずきあい、おともだちになりました。

オリを見ると扉には鍵はかかっておらず、鉄の棒が外から刺してあるだけでした。
わたしはその棒を抜いてあげ、そっと扉を開けました。
鉄の扉は、ギィっと音を立てながら開きました、するとクマのおじさんはのっそりとその扉から外へと歩いてでてきました。
わたしに近づくと、大きな口を広げてきます。両手で顔を隠し、キャっと小さな声をあげたと同時に、服をひっぱられて気がつくとクマのおじさんの背中に乗せられていました。
クマのおじさんは、ともだちだからいっしょに森に行こうか。と森に向かってのっそのっそ歩いていきます。わたしを背中にのせて。


檻の扉が開いていることに、サーカスのエサ当番が気がつきました。
「大変だぁー。クマの檻が開いているぞ!」
サーカスの皆が集まってきて、落ちている毛糸の帽子に目が止まりました。クマのおじさんに背中に乗せられるときに、お気に入りの帽子を落としてしまっていました。
そこに集まった人たちは口々に言いました。
きっとこの帽子の持ち主はクマに襲われて、持って行かれてしまったんだ。

サーカスの団長が、集まった皆に言いました。
「村に行って狩人を集めて来てくれ!。残念だがクマをこのまま野放しにはしておけない。」
皆は手分けして、村の狩人を集めに走りました。


昼になる前に村の狩人が集まりました。小さな村なので3人だけでしたが、その手には銃身の長いクマも倒せるような大きな猟銃が握られています。
そのなかに、おちびさんのお父さんもいました。
お父さんは。残されていた帽子を見ると、そこに座り込んで泣き崩れてしまいました。

しばらく泣き崩れていましたが、顔をあげるとその顔は怒りのために鬼のような形相になっていました。なだめる残り二人の村の狩人の言葉はもはや耳に入っていません。
大きな猟銃を肩に担ぐと、いつもの優しい顔のお父さんはいません。
ツバを飛ばしながら誰に言うのでもなく、「かあさんとそれに娘までオレから取り上げるのか!クマの野郎みていやがれ!」
そういうと、森を目指してずんずん進んでいきました。
そうです、おちびさんが3つになるころからクマが村に降りてくるようになり、森に木の実を採りにでかけた、かあさんがクマに襲われて死んでしまっていたのです。それからお父さんは猟銃を買い、クマが出たと聞くと娘にはないしょでクマを倒しに出かけていたのです。


わたしははじめての友だちができて、クマのおじさんと楽しい時間を過ごしていました。
お昼ごはんは、クマのおじさんがクンクン鼻を鳴らして見つけてくれた、野イチゴを食べました。クマのおじさんも森にはおいしそうないろんな香りがあるんだな!と言ってよろこんで匂いを嗅いでいました。
クマのおじさんの背中にゆられて、森の奥に入って行きます。クマのおじさんの楽しさが背中を通しわたしにも伝わってきます。
はじめて友達ができたこと、はじめての森を歩くことがよっぽど嬉しいのでしょう。

お昼ごはんを済ませたことと、長い距離を歩いた慣れないクマのおじさんは疲れてしまったので、森のなかにぽっかりと空いた、湧き水が溜ってできた池のほとりで休むことにしました。
お互い横になると、青空が見えました。
横になったまま、クマのおじさんのお腹をまくらにして居眠りすることにしました。朝も早かったし、クマのおじさんは疲れていたので知らないうちに二人とも居眠りしてしまいました。


ぶつぶつつぶやきながらお父さんは、クマを探します。
「かあさんも娘も、かあさんも娘も、かあさん、・・・。」
目の前の木々の隙間から湧き水の池が見えてきました。
そのとき池の向こう側にクマが寝転んでいるのがお父さんにも見えました。
「見つけたぞ、クマの野郎!」聞こえない程度の声でクマを睨みつけながらそうつぶやき、猟銃を手にします。
それほど大きくない池の反対側にお父さんはいます。そっと、木の隙間からクマに狙いを定めます。

わたしはちょっと寒くなって、クマのおじさんにくっつきました。
クマのおじさんもわたしがくっついたので、目が覚めてしまいました。
森のなかでは日が暮れる時間がはやいのです。
そろそろ帰らないとお父さんが心配してしまうかもしれないと思い、クマのおじさんに寝転んだまま言いました。
「今日はそろそろお家に帰るよ。また明日遊ぼうね。でも、ここから帰る道がわからないから森の出口まで送って行ってくれる?クマのおじさん。」
クマのおじさんは、ゆっくりと立ち上がり「そうだね、送って行くよ。」とわたしの服をくわえて背中に乗せようとしました。

お父さんは狙いを定めていました。
ゆっくりとクマが立ち上がります。
すると、クマの影から娘がチラっと見えました。その娘をクマが食べようとしています。
お父さんは、しんと静まりかえっている森のなかで訳のわからない遠吠えのような大きな声をあげながら、猟銃の引き金を引きました。

いきなり大きな喚き声を聞いた、わたしとクマのおじさんはびっくりして、声の聞こえる方を振り向きました。それと同時に、パンと乾いたおもちゃのかんしゃく玉のような音が一瞬聞こえると、すぐに森に溶けこみ、またいつもの森の静けさが戻ります。

振り向いた先には、いつもとは違って怖い顔をしたお父さんが猟銃を持って走りだしてきている姿が見えました。
クマのおじさんはわたしの服を口から離すと、どすんとまた寝転んでしまいます。
その瞬間に私は理解しました。クマのおじさんがお父さんに打たれてしまったのだと。
「クマのおじさんだいじょうぶ?ねぇ、だいじょうぶ?ねぇ?」
クマのおじさんは、お父さんの叫び声と銃声の音でびっくりしてしまい何がなんだか判らないらしく、目をまん丸く見開いて呼吸が荒くなっていました。
わたしはクマのおじさんの反対側の体を走って見にいきました。
ちょうど肩の付け根の少し下の辺りから、血がドクドク流れてきています。わたしはとっさに血が流れ出ないように、両手で血の出ている穴を押さえました。両手で押さえてもクマのおじさんの体から流れ出る温かい血は小さな指の間から流れ出てきてしまっています。わたしの頬にも目から伝う涙がああふれ出ています。
なにか叫びながら駆け寄ってくるお父さんの声が聞こえます。
「離れなさい!トドメを刺してやる。離れなさい。」
わたしは、涙と鼻水が混じった顔でイヤイヤをすると、嗚咽のためにうまく言えない声を落ち着いて言おうと一回深呼吸して近寄るお父さんに叫びました。

「この、クマの、おじさんは、友だち、なの。打た、ないで。おねがい。打たない、でお父さん。はじめ、ての、友だちなの。はじめて、友だちに、なって、くれたの。打たない、でよ、お父さん。」

そう言うと、あとは嗚咽で声がでてきません。
お父さんは、いつもの優しい顔に戻っていました。
「お前も、かあさんのように動物の声が聞こえるのかい?」
わたしは、ぐしゃぐしゃの顔でうなずきました。
「お父さん、友だちの、クマの、おじさんを、助けてよ。お願い。なんでも、言うこと、聞くから。お願い。」

お父さんは言いました。
「かあさんはクマに襲われて殺されたんだ!クマは許さない!」
わたしの言うことを聞いてくれないお父さんに、だんだん腹が立ってきました。
「かあさんを、殺したクマとは違うもん。クマだったら、みんな殺すの?悪いクマもいるけど、いいクマだって、いるんだもん。このクマのおじさんは、いいクマで、私の友だちなんだもん。だから助けてよ。わたしの友達だちなんだから。友だちなんだから。」

お父さんはクマに向けて銃を構えたり、銃を下ろし頭を抱えたりを何回か繰り返し、同じ場所でぐるぐると頭を抱えて歩き回ると急に立ち止まり、空に向かってつぶやきました。
「かあさん。これでいいのかな。」

ひと呼吸置いてから、銃を手放し腰に刺してあったナイフを持ってクマのおじさんに近づいてきます。
クマのおじさんは、お父さんが近づいてきたため「がうぅ〜がぉぅ」と寝たまま威嚇しました。
お父さんは銃の代わりにナイフを右手に持っています。
娘にどきなさい。と言うと、血を止めていた両手をお父さんのナイフを持っていない大きな左手で払われます。
「クマさんに言ってくれ、動くなって。弾を取り出すから。」
わたしはびっくりして泣きながらうなづきました。そしてわたしは大きなクマのおじさんの顔の横に行き、クマのおじさんに伝え、その顔を小さな両手で覆うように抱きつきました。クマのおじさんの息の温かさがわたしに伝わってきます。

弾は池の反対側という少し距離のあるところから打たれたせいか、肩のぶ厚い筋肉で止まっていて、それを取り出しお父さんの大きな手で圧迫して血を止めたら、薬草を塗っておけば大丈夫だとお父さんは言い、そうしてくれました。
辺りが暗くなってきたので今日は、湧き水の池のほとりでクマのおじさんに寄り添い3人で温め合いながら寝ることにしました。
湧き水の池のうえには、そこだけぽっかりと空いた夜空が広がっています。今日は、お月さんが明るく森の木々を照らしてくれています。
クマのおじさんは熱を出しているらしく、少しうなされていましたが、熱が下がれば大丈夫だとお父さんが言っていました。
傷にはお父さんが近くで採ってきてすり潰した薬草が塗られており、傷口はその薬草で塞がっていました。

森の夜は予想以上に冷えます。
クマのおじさんの手足の中で、わたしとお父さんが寄り添って温め合いながら寝ていると、池の水面がぼわっと柔らかい光を放ちます。わたしはいっぱいのお星さまが反射しているものだと思い寝返りをうち、丸まっていると懐かしい温かな声が聞こえてきました。

「わたしの大事なおちびさん。」
わたしのことを呼ぶ、懐かしい声の聞こえる方向を見ました。
そこは先ほどの柔らかい光を反射している池の水面でした。
そこには光の中に包まれた、おかあさんがいました。

お父さんもわたしが起き上がったので、目を覚ましました。
光の方向を向いて、気がつきました。お父さんは口をぱくぱくさせながら驚いています。
わたしが話しかけようとすると、かあさんは人差し指を唇の前に当てて、そっと言いました。
「月がこの池に映し出されている間しか、こうやって姿を現すことが出来ないの。でもね、見えなくてもずっと私はあなたたちを見ているから。」
「今日はおちびさんも、お父さんもよくがんばったわね。わたしも嬉しいわ。ねぇ、わたしのおちびさん、あなたは人と違って動物とおしゃべりが出来るのでしょう。これからは人と動物が仲良くしていけるように手助けしてあげなさい。それがあなたのお仕事なの。わかった?」
わたしはこくんとうなずきました。
「それから、お父さん。わたしはクマに襲われて死んでしまいましたが、そのクマは私の言葉も聞こえないほど人に怯え、愛する者を人に奪われたクマだったの。もしお父さんが他の関係のないクマに仕返しを繰り返していれば、その膨れ上がった怒りの力は世界をも狂わせてしまうわ。わたしは、そんなことにならないように、ここに留まって死んでしまった動物の霊を鎮めているの。だからこれ以上人間が意味もなく、動物を殺さないで欲しいの。わたしのおちびさんの力と、お父さんの村人を説得させる知恵があれば、この森と人びとは、もっと仲良く森の恵みを育み続けることができるはずよ。」
そう言うと、池の端に映している水面の月を見て、
「そろそろ、月が映し出されなくなるわ。わたしに合いたくなったら、また月の見える夜にいらっしゃい。そうすれば、いつだって合えるんですから。」
そう言い終えると、かあさんは手を振りながら柔らかな光が消えるのと同時に消えてしまいました。わたしの顔に、頬を伝う温かな涙と微笑みを残したまま。
お父さんも、目をうさぎのように真っ赤にして笑っていました。

朝日が森の木を照らし出すころになると、クマのおじさんも熱がひき、肩が痛いと言えるようになっていました。もう数日の間、看病すれば歩けるようになるさ。とお父さんはいつもの優しい顔で答えてくれました。
お父さんとわたしは、とりあえず村に帰って、クマを退治したとウソの報告をすることにして、クマのおじさんの看病を続けるための道具や食料を数日分持って来る作戦をお父さんが考えだしました。
クマのおじさんにまたすぐに帰ってくるからねと、伝えてお父さんと私はかあさんのいる池を後にしました。

村に帰り、お父さんが娘が無事だったこと、クマを退治したことをサーカスの人々や他の狩人に報告をしている間に、私は家に帰りクマのおじさんの看病のために身支度をはじめていました。
お父さんが報告から帰ってくると、皆お父さんの言うことに疑う人はいなかったよと、笑顔で答えてくれました。
私は身支度を済ませていたので、お父さんの手をとり、さぁ行こう。と森に向かって歩きだしました。
私とお父さん、そしておかあさんの守る森に向かって。

〜おわり〜

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