「テレプシコーラ」に見る、イジメ自殺のリアル

ステイホームで、古い漫画(長編)を引っ張り出して、一気読みしました。そういう方は、多いのではないでしょうか。

リアルタイムで読んだときには何とも思わなかったことが、時を経て読み返すと引っかかる。そういうことも、また多いと思います。

山岸涼子さんの「テレプシコーラ」は、バレリーナをめざす姉妹が主役。姉の千花は才能にも身体条件(二重関節)にも恵まれて、そのうえに人一倍努力家です。妹の六花(ゆき)は、片方の股関節に弱点があり、そのこともあって、姉ほどバレエに真剣ではありません。ですが、姉がケガをして再起不能になり、ついには自殺を遂げたことから、妹はそれまでの「足りなかった何か」(たぶん、バレエに必死になること?)を掴み、続編ではローザンヌ・バレエコンクールに出場するまでに成長するのです。

もともとバレエが好きで、山岸涼子さんの作風も好きなので、これまでも何度も読み返した作品なのですが、今回はなにしろヒマなもので、あれこれ考えてしまいました。

なぜ千花は死なねばならなかったのか、どうにかできなかったのか? すでに完結した物語を覆すことはできない。それは人生と同じですが、何か道はなかったのだろうかと、悔しくなります。

それは、千花の身に起こったことが、現実のイジメ事件を彷彿とさせるほど、リアルだからかもしれません。

千花の自殺には、二つの原因があります。一つは、ケガをしてバレエができなくなったこと。もう一つは、学校でいじめを受けていたことです。

千花の不運の始まりは、お受験です。バレエのためにもと、校区外の私立中学を受験して合格。しかしそこには、性格の悪いイジメっ子がいたのでした。千花は、地元の小学校ではリーダータイプの優等生。そのまま地域の学校に進学していたら、クラスの女王様でいられたでしょう。アウェーに出てしまったのが、間違いだったと思います。

この物語には、千花と同じくらい(あるいは上回る)バレエの才能を持った少女・空美(くみ)が登場します。彼女は六花のクラスに転校してきた子で、おもに男子から激しいいじめを受けていました。しかし、彼女は自殺はしなかった。おそらく前の学校でもいじめられ、慣れっこになっていたのでしょう。そして、家庭が学校に輪をかけて地獄だったのです。酒浸りの父のDV、貧困。親の都合でしばしば学校を休まされたりもしていました。これでは、いじめを悩む余裕もない。不運なのか幸運なのかわからないですね。

空美と千花の共通点としては、「使えない教師に当たった」ということがあります。どちらかといえば、空美の担任の方がレベルが低い。小学生男子のいじめですからストレートなもので、空美の机に嫌がらせの花を飾ったり、上靴を泥まみれにしたり、花瓶の水をかけてびしょぬれにしたり。これだけおおっぴらにやっていたら、教師が気づかないはずはないのですが、いっさい見ぬふりでした。空美がわけありっぽい転校生で、家庭も問題ありなので、あえて無視したんだろうな、と思います。

千花の担任は、名門私立中学だけあって、そこまで程度が低くない。ただ、やはり鈍感です。しっかり者で勉強ができて器量もいい千花を、なにかとひきたてる。それがいじめっ子の神経を逆なでしていることにまったく気づきません。

そして、千花の両親と妹も、とても鈍感です。

千花が優秀で勝気で強い子であることを過信して、苦しんでいるサインに気づかない。本人が気づかせないようにしているといっても、中1の少女のこと、いくらでも綻びは見えているのに…。

家族がいじめに気付き、奔走してなお、学校側の無策によって自殺に追い込まれる子もいるでしょう。

しかし、中には、わが子がいじめられていることに気づかなかったり、気づいていても、そこまで苦しんでいるとは思わず、何の手も打たない家族もいます。

報道などでそんな話を聞くと、親を責める気持ちにもなります。ですがこの漫画を読むと、家族の鈍感さが歯がゆい一方で、どんなにしっかりした親であっても、気づかないことはあるのだろうと思わせられます。それがとてもリアルなのです。

いじめられっ子はは弱い、という固定観念は危険です。体が小さい・成績が悪い・内気・友人がいない。確かに、そういう子がいじめられることは多いですが、そうとばかりは限らない。強い子でも、千花のように追い込まれることがある。

千花は強者だからこそ、弱音を吐けず、負けを認められなかった。それこそが彼女の弱さだったと思います。 


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