2023/2/7 共感
僕は映画が好きなので映画をよく観る。
よく観ると言っても、そんな毎日観るような感じでもないので、たまに観る…くらいが正しいのかもしれない。
とにかく、映画が結構好きなのだ。
レビューアプリの『Filmarks』をよく見てる。大前提として、映画の感想なんて基本的にはそれぞれ好きに持っていて良いものだと思うし、僕が口出しするような事ではない。それを分かった上で、それでも、ムッとなるレビューが多々あるのも事実だ。
「誰にも共感出来なかった。意味不明」等というひと言と共に、めちゃくちゃ低スコアを付けてるレビューを見る度に、僕は少し傷付く。「面白くなかった」とか「合わなかった」とかなら全然分かる。それは素晴らしいレビューだと思う。しかし、もし本当に“共感の出来なさ“や“分からなさ“で低スコアにしているのだとすると、それは少し寂しい話だなって思う。
勿論、共感出来て面白い映画は最高だと思う。そういう映画は心に残り、自分を助ける宝物になる事もある。一方で、そういう感動と同じくらい、「全然共感出来ないけどこういう奴も居るんだな」「自分とは違う世界に生きてる奴だけど、そいつにも人生があり、何かを考えて生きているんだな」って気持ちも大事だと思う。
否応無しにそう思わせてくれるだけの“力“が映画自体に求められるというのも、勿論ある。しかし、鑑賞者側も分からない物を切り捨てるのではなく、歩み寄る目線を持つことが大事なんだろうな。
“他人には他人の人生があり、感情があり、友人や家族もいるのかもしれない“という事、当たり前の事だけどあまりにも果てしなくて未知数で恐ろしい。いまだにそれって本当なのかなって疑ってる節もあるくらいに意味不明な事実だ。しかし、時折その事がとても愛おしく、救われた気持ちになる瞬間もある。
数年前のクリスマス、何故か唐突にこの世の人間全員が愛おしくなり、道ゆく人々に「メリークリスマス!」って言いまくりたい気持ちになった事がある。お酒を飲んだ時もそういう風になる傾向があるな。
“分からなさ“はとても怖いものだけど、同時にこの世界の素晴らしさでもある筈だから、安易に捨て去らずに分からないままでも寄り添っていたいものだ、と思う。
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