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未完 小説版この世界に生まれて

結局、酒もタバコもまだ止められない。止めたらもっと面白い何かがあるならともかく。この世界にそんなものはなにもない。私には未練はない。何にたいしても。私はタバコでバランスを取る、リズムをとる。どうしようも無いこの世界の中で。
時々、何もかもが虚しくなる。青春真っ只中の10代だけでこんな気持ちは無くなるかと思っていたけど、おばさんと言って良い今も全く変わらない。何もかもがバカバカしくなって、私は車を走らせる。誰も居ない場所へ。

私は車を走らせた。
もう何も無くなった場所、何の面影もない場所へ。遥々、無くなったことを確認するために。今ではもう何も無い。こんな山の中で。
嘗てここにあるコミュニティが存在した。そこで強烈な個性を持った人達が生きていた。私の身体に今でも鮮烈に刻まれている記憶。それなのに、まるで夢か幻のように、儚く、あの日々が本当に存在したのか、心許なくなる。車の通らない道路。よくみんなが寝転がってたっけ。私は放心したように立て続けにタバコの煙を出し、そして、車を降りて道路に横になる。空を見た。みんなの顔が映った。そのまま、もう1度タバコを吸った。あの子はタバコを吸わなかったのに、色んな場所で煙にまかれ吹きかけられ、いつもタバコの匂いがしていた。あの子がまだ小さかった頃から。

食べるものもなくて、私たちが見つけて、野良犬みたいな男の子に、食べさせていた。可愛くて、あんな環境の中にいたのに純粋な子だった。私はあの場所から抜け出そうとしていた。身体を売って生きていることに、何の抵抗も無かったけれど、何処か違う場所に行きたかった。そんな頃だった。

あの子も私も、あの過酷な環境から抜け出して、全く違う世界で生きていた頃に、1枚のハガキを貰った。あの日もこうしてここへ向かってきた。あの子に会いに。あの子が生きているというこの場所に。今ではもう何も無い。誰も居ないこの場所。私は1人でタバコを吸っている。多分もうタバコは止められない。止める理由もどこにも見つからない。気持ち良い空気を感じた。もしかしたら何も無かったのかも知れない。そろそろ行こう、と私は心の中で呟く。でも、一体何処へ行くのだろう。
嘗てこの場所にはコミュニティがあった。そこで命を賭けて激烈に生きていた人達がいた。社会の目で見たなら、障害者と呼ばれる人達と一緒にいたあの子は、本当に輝いていて、その一つ一つの場面が泣けるほど綺麗だった。私は綺麗なものが好きじゃない。昔から。でも、あの美しさだけは信じることが出来た。それは悲しさと表裏だったからかもしれない。今はもうここには無い時間。私はタバコをふかし、そして車を走らせる。


ふと意識が戻る。まだ生きている。確かに。まだこの世界にいる。ん、でもこの世界って一体何だろう。気がつくとまた上空にいて、見下ろすようにこの世界を見ている。身体が無くて意識だけになったように。時々、こんな感じになる。あれ、またここにいる、って。意識が加速する。どんどんどんどんスピードを上げて上空へと抜けて行く。
またここに居る。いや、ずっとここに居た。さて、何処から振り返ろうか。その前に、何故、小説を書くことにしたのか。ってところから書く必要があるかも。もはやフィクションを通してでしか語れない体験と言うのがある。あの日々に見たもの、経験したこと。それはもうフィクションとしてしか語れない。

この小説を通して、もし上手く行けば、あの景色を見て貰えるかも知れない。人間の心の正体。この世界の秘密。全ての源。「この世界に生まれて」のオリジナル版は語りだった。2019年と2020年に、語られた「この世界に生まれて」。
小説版は何処から始めようか。もちろん、全ての小説と同じく、これだけはつけ加えておく。この物語はフィクションであり、如何なる現実の人物、団体とは無関係であると。幾つかのモデルはあるが。
そして、これは冒頭の独白部分を含め、もう20年以上前に書いていた小説の断片を幾つか繋ぎ合わせたもの。この続きが書かれるのか、今のところは未定だ。いや、いつか書くことになりそうな予感もある。
僅かな断片が示しているものは何か。このピースを繋ぐ作業を始めるべきなのか、。まだ分からないことだらけの中、あえてここに一部を公開する。なぜ今なのか、それは僕にも分からない。20年以上も封印してきた断片が主となる。この助走も含めて僅かに書き足した部分もあるけれど。

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