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つくも×ムジカ 7

石畳の道のある古い職人街。
楽器修理を生業とする少女の姿をした魔女がいた。
彼女が直した楽器は、聴く者、奏でる者を幸福にする魔法がかけられているようだった。
今日のお客さんは、修理とは違う事情を持ち込んできた。


「いらっしゃいませ!」
明るく応対したのは、和服の少女の姿をした付喪神、大正琴のお嬢さんだ。

「すいません。このお店に楽器の言葉を聴くことが出来る魔女さんがいらっしゃると聞いてきたのですが……」
来店したのは、バッグパックを背負った若い男性の旅人である。手には、栓抜きのようなものを持っている。

お嬢さんは、作業場で道具を手入れしていた魔女を、店先に呼んできた。魔女の肩には緑色の鳥が乗っている。正体は、オカリナの付喪神だ。

「いらっしゃいませ。今日はどういった用件で?」
魔女の目は、旅人の手元を注視している。

「実は、この栓抜きのようなもののことなのですが」
旅人が魔女に手に持っているものを差し出した。

「自分は『栓抜きではなく、楽器だ』と言い張るのです!」

旅人が言うには、商人街の蚤の市で栓抜きを買ったつもりだったが、使おうとビールの王冠に栓抜きを掛けようとしたら、栓抜きが急に喋りだしたのだそうだ。

「その栓抜きもどきは、付喪神化してるな。いかにも古そうだ」
と、まじまじ眺めているのは、黒づくめの服を着た付喪神、バンドネオンの悪魔である。

「だけど、こんな楽器見たことないし、どうしたら良いか分からなくて……」

「それでうちの店に来たわけだ」
魔女の言葉に、旅人が頷いた。

「楽器本人に聞けば良いんじゃないの?」
大正琴のお嬢さんが、楽器を指差す。

「……それが、長いこと誰も演奏しなかったらしく、自分が何の楽器か忘れてしまったそうです」

「記憶喪失の楽器ってこと?そんなの、はじめて聞いたわ!」
魔女が修理屋を開いて、そんな事例はない。

「……とりあえず、楽器をお預かりします」
魔女は、楽器を柔らかい布で包んだ。

「明日には街を離れるので、出来ればそれまでにお願いします」
旅人は店を去っていった。


「今回の修理は、こいつの記憶を取り戻すことってことか?難儀だな」
バンドネオンの悪魔が、乾いた笑い声をあげた。

「付喪神なら、とりあえず人間の姿にしてみようか。楽器の背景が分かるかもしれない」

魔女は右手を上げ、パチンと指を鳴らした。人間の男性の姿になった付喪神は、白シャツにベスト、帽子の、地中海あたりの民族衣装を着ている。

「ねえ、あなた。何か覚えていることはないの?」
魔女は付喪神に問いかけた。

「……長く眠っていたから、あまり覚えていない。ただ……いろんな場所を旅した気がする」

付喪神の答えに、魔女は仮説を立てた。この楽器は旅先で奏でられてきた。栓抜きのような姿は、大型の楽器の一部ではなく、元々の姿なのだろう。

魔女は、地中海あたりの楽器について書かれた書物を読み漁った。そして、楽器の正体を突き止めた。

「あなたは、シチリアの口琴『マランザーノ』ね!」

「……そう呼ばれていた。思い出したよ。持ち主は、どこでも自分を持ち歩いてくれた。ある日、旅先の子どもに自分を譲った。持ち主は次々に変わって、そのうちガラクタと一緒に蚤の市に並べられたんだった」

「そうだったの。ねえ、聞くけど、あなたはここに連れてきてくれた旅人と一緒にいたい?」

「そうだな……最初の持ち主の雰囲気に少しだけ似てるし、一緒に旅が出来たら良いと思う」

「分かったわ。壊れてはいないけど、彼が演奏したくなるよう、綺麗にしてあげる」

魔女は心を込めて、楽器の姿に戻ったマランザーノを磨いた。黒ずんでいた表面が、金属の輝きを取り戻した。


翌日、旅人が店にやって来た。

「お待たせしました。この楽器の正体は、シチリアの『マランザーノ』と呼ばれる口琴です。口に咥えて弁を弾くと音が鳴ります」

魔女は、旅人の前で演奏してみせた。ビヨーン、ビヨーンと、何とも個性的な音が店に鳴り響いた。

魔女は、綺麗な布で拭き取ってから、旅人にマランザーノを渡した。

旅人は、マランザーノを咥えて弦を弾いたが、ベン、ベンという音にしか鳴らなかった。

「魔女さん、ありがとうございます。この楽器を旅先に持ち歩いて、いつかちゃんと鳴らせるようになります。そうしたら、またこの店に立ち寄って、魔女さんの前で演奏してみせます!」

旅人は笑顔で旅路に戻って行った。

石畳の道のある古い職人街。
楽器修理を生業とする少女の姿をした魔女がいた。
魔女は旅人とマランザーノの旅が良いものになるよう願い、手を振り続けた。

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