つくも×ムジカ 6
石畳の道のある古い職人街。
楽器修理を生業とする少女の姿をした魔女がいた。
彼女が直した楽器は、聴く者、奏でる者を幸福にする魔法がかけられているようだった。
今、修理を待つ楽器があるのにも関わらず、魔女は仕事が出来ない程に弱っていた。
「あ〜、何とか元気にする方法はないのかよ!魔女の憎まれ口を聞かないと、調子が狂うぜ!」
黒ずくめの青年の姿をしたバンドネオンの付喪神が、頭をガシガシと掻いた。
「魔女さん……意識が戻ってからも、あまり食べないし、寝てばかり」
和服の少女の姿をした大正琴の付喪神は、魔女が心配で、店内を掃除する手がたびたび止まってしまう。
「オカリナの鳥も、魔女さんが心配でしょ……って、アレ?」
ほとんど魔女の傍らから離れないオカリナの付喪神の姿が、店内のどこにもなかった。
「ほー、ほー」
職人街の隣りにある商人街。
オカリナの鳥は、薬問屋に舞い込んだ。
「薬師様、緑色の鳥が店に闖入してきました。追い払いましょうか?」
萌黄色の作務衣を着たオートマタの少年が、オカリナの鳥に箒を向けた。
「ほ……ほ~!」
オカリナの鳥は、壊されたらたまったものじゃないと言わんばかりに、天井スレスレまで上昇した。
「ちょっと待って。このコ、楽器修理屋の付喪神じゃないの。修理屋の身に何かあったのね」
オートマタを制止したのは、12歳くらいの少女の姿をした薬師だった。緩やかなウェーブのかかった亜麻色の髪を一つに束ね、白衣に身を包んでいる。
「私、修理屋の様子を診てくるから、留守番をお願いね!」
薬師は、薬草の詰まったトランクを持って、楽器修理の店のある職人街に急いだ。
店に着くと、オカリナの鳥が「ほーほー」と鳴いた。声を聞いた大正琴の付喪神がドアを開けた。
「こんにちは、お嬢さん。私は商人街で薬問屋をしている薬師。このコが修理屋の身に何かあったと知らせてくれたので、様子を診にきたわ」
少女の姿に似つかわしくない威厳のある口調に、バンドネオンの付喪神は彼女の正体に気付いた。
「お前、魔女だな?」
バンドネオンは大正琴の付喪神を守るように立ちはだかった。
「ふふ、御名答。私は魔女。ここの修理屋と同じね。古い知り合いなの。敵ではないから、修理屋に会わせなさい」
有無を言わさない強い眼光に、バンドネオンの付喪神は薬師の魔女を店の奥に通した。
眠っている修理屋の魔女の様子を見て、薬師の魔女は何があったのか悟った。
「魔力が弱ってる。魔女を忌避するものに長時間晒されたのね。回復が遅れているのは、付喪神たちが姿を保つ為の魔力を送り続けているからだわ」
薬師の魔女の言葉に、付喪神たちはショックを受けた。まさか、自分たちのせいで魔女が弱っているなんて思わなかったのだ。
「よ……余計なことを言わないで!」
話し声で目を覚ました修理屋の魔女が、弱々しい声で怒りをあらわにした。
「怒らないで。あなたも早く治りたいでしょう?私が来たからには、もう大丈夫。まずは、付喪神たちへの魔力の供給を一時的に止めてちょうだい」
修理屋の魔女は、しぶしぶ薬師の魔女に従った。
「付喪神たち、念のために元の姿に戻っていてね」
付喪神たちも、元の楽器に姿を戻した。
薬師の魔女は、トランクを開けると、歌を口ずさみながら、手際良く薬草を調合し始めた。
「聞いたことのない言葉。魔女の呪文?」
大正琴の質問に、修理屋の魔女が答えた。
「いにしえの言葉よ。それ自体には効力はないけど、復活の祈りが歌詞に込められているわ。薬師の魔女に代々口伝されてきたみたいね」
薬師の魔女の歌が止まった。薬が出来上がったのだ。
「さあ、これを飲んで」
薬師の魔女に促されて、修理屋の魔女は服薬した。
「一時的に熱が上がるけど、明日には良くなっているわ」
そう言うと、薬師の魔女は商人街の薬問屋に帰っていった。
修理屋の魔女は、一晩熱に浮かされたが、朝にはすっかり体調が良くなっていた。
魔女が付喪神たちに魔力を送ると、付喪神たちは人の姿になった。
「……もう、具合良いのか?」
バンドネオンの付喪神がぶっきらぼうに尋ねた。
「心配かけたわね、皆。今日から店を再開するわ!」
石畳の道のある古い職人街。
楽器修理を生業とする少女の姿をした魔女がいた。
店を開けると、近所の人たちやお客さんが魔女の回復を喜んだ。
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