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【コラボショートショート】風邪を引いた日

コラボ小説「ただよふ」の主人公、海宝航さんが50歳頃のショートショートを書いてみました。


1月某日。心が弱っている隙を狙われたように、僕は風邪を引いてしまった。

インフルエンザや例のウイルスではなかったが、妻の実咲さんの精神が不安定なので、僕の風邪が治るまで、実咲さんは社会人になった息子の航平の家に泊まってもらうことにした。

人の気配のしない家は苦手だ。海宝家が崩壊しかけた時のことを思い出してしまう。

僕はローリングストックで備蓄していたレトルトのお粥を温めて食べて、風邪薬を飲み、ベッドの布団に潜り込んだ。

ここまで体調を崩したのは何年ぶりだろうか。実咲さんが強迫性障害で苦しんでいた時は、寝不足でフラフラになりながらも、健康は維持出来ていた。2020年以前は……家族に風邪を引いたことすら隠し通していた。

僕は熱に浮かされながら、眠りに落ちた──


「……課長、海宝課長!」
目を開けると、ナース服姿の『あなた』がいた。

「鈴木……さん?」
あまりにも都合のよい夢だと思った。別れたあなたに看病されているなんて。

「私、看護師になったんです。課長の風邪も、あっという間に治してしまいますよ!」
と笑うあなたを見て、僕は涙を流した。

「僕は……情けない。妻や息子を支え続けなければならないのに!寝込んでいる場合ではないのに!」

「では、今はゆっくり休んで早く元気を取り戻しましょう」

あなたは優しく、僕の額にキスをした──


目を覚ますと、台所からリズミカルに野菜を刻む音がした。ふらついた足で台所に向かうと、スーツの上着を脱いでエプロンを着けた航平が、野菜入りのお粥を作っていた。

「父さん、起き上がって大丈夫?母さん、心配していたよ!」

「すまないね、心配かけて」

「父さん、疲れが出たんだよ。おばあちゃんの最期に駆けつけたり、葬儀中に不安定になっていた母さんを宥めたり、神経使っていたから……」

「……それが、夫である僕の務めだからね」

「また、そうやって1人で責任を背負おうとする!海宝家には、僕だっているんだよ!社会人になったんだ。少しは頼りにしてよ!」
僕は息子を怒らせてしまった。

気まずい空気になりながら、お粥をいただくと、僕は再びベッドに入った。

航平は、「ごめん、父さん。具合が悪いのに、大声を出して」とバツが悪そうに謝った。

「航平、僕は君に頼りっ放しだ。君が社会人になってからも……母さんのケアを任せてしまっている」

「それは、息子の務めだから……」

先程の僕と同じ返し方をする息子に、僕たちは父子だと感じた。

「……実は父さん、父親が亡くなった年齢なんだ」

「海宝家の『おじいちゃん』?」

「うん。親が亡くなった年齢って、結構気になるものでね……もしもこのまま死んでしまったら……どうしようって、不安だったんだ」

「……父さん、そんな大袈裟な」

「父は無念だったに違いない。僕と違って、独り立ちする息子を見ることが出来なかったんだから」

「きっと、家族を支えている父さんを知ったら、誇らしく思うんじゃないかな。生きている人の願望でしかないけど」

「そうかな……そうだと良いね」

航平が帰った後、僕は枕元に置いていたエルバヴェールの香水瓶、僕が人生の航路を見失わない為の【澪標みおつくし】を握り締めて眠った。

『早く元気を取り戻し』、これからも家族を支えていけますように──


【完】



「澪標」の持つ意味を知りたい方は、may_citrusさん原作「澪標」17話をどうぞ読んでください。


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