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つくも×ムジカ 3

石畳の道のある古い職人街。
楽器修理を生業とする少女の姿をした魔女がいた。
彼女が直した楽器は、聴く者、奏でる者を幸福にする魔法がかけられているようだった。
今日もほら、お客さんがやって来た。

「ごめんください…」
店のドアを遠慮がちに開けたのは、二十歳前後と思われる女性だった。

「いらっしゃいませ!」
応対したのは、和服の少女である。

「すいません、これ…修理を頼みたいのですが。」
と女性が差し出したのは、小さな手回し式のオルゴールだった。

「…オルゴールって、楽器か?」
黒ずくめの青年が、店の主である魔女に尋ねた。

「自動演奏の楽器と言えるわね。オルガンが語源と言えば、しっくりくるかしらね」
魔女は和服の少女を経由してオルゴールを受け取ると、ハンドルを回した。オルゴールはところどころ音が跳んでしまい、どんな曲なのか判らない状態だった。

「これ、祖父が若い時に…亡くなった祖母に贈ったものなんです。最近、祖父は認知症になってしまったのですが、時々あのオルゴールを鳴らしているんです。だけどオルゴールがこんな状態ですから、祖父は悲しそうにしていて…。修理して、きちんと曲が流れるようになれば、祖父は喜んでくれると思うんです!」
女性の切実な依頼に、魔女は心を打たれた。

「わかりました。この依頼、引き受けましょう!」
魔女はにこりと女性に微笑みかけた。

依頼主が帰った後、魔女はオルゴールについて書かれている本を読み漁った。さすがの魔女も、オルゴール修理は初めてだった。

数日かけて、道具や素材を揃え、魔女は修理に取り掛かった。

魔女の修理は、楽器の声を聞くところから始まる。

「そう…あなた外国からの舶来品だったのね。港町で売られていたのを、依頼主のお祖父様がお祖母様に買って送ったのね。お祖父様がオルゴールを鳴らして、その音楽に合わせてお祖母様が踊って…とても楽しい思い出ね」

回し続けているうちに、中のシリンダーのピンや櫛歯が摩耗してしまったのが、故障の原因だった。

魔女は心を込めて、オルゴールを修理した。

受け取りにきた依頼主の女性は、店の中でオルゴールを鳴らした。曲はワルツだった。

「魔女さん、ありがとうございます!」
女性はオルゴールを受け取ると、嬉しそうに帰っていった。

数ヶ月後、女性から「祖父が亡くなりました。魔女さんがオルゴールを修理してくれたお陰で、最期までとても喜んで鳴らしていました…」と、手紙が届いた。

「人間の命は儚いね…」
和服の少女、大正琴の付喪神が呟いた。

「だから、一瞬の思い出がキラリと光るのよ」
魔女が何かに思いを馳せていた。

石畳の道のある古い職人街。
楽器修理を生業とする少女の姿をした魔女がいた。
今日も楽器の付喪神とお客さんを待っている。

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