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梅とホトガラフ

「紫陽花の季節」シリーズ、ケヤキの木の精霊「涼見」の物語です。


3月初旬の八幡宮。今日はとても天気が良い。
今年は梅が咲くのが遅かったが、ようやく開花してくれた。

「涼見~。やっと梅の花が咲いたわね!」
精霊仲間の紅葉(くれは)が話し掛けてきた。
「そうだな。私やお前みたいに精霊付きの木だったら、開花時期がわかるのだがな。」
八幡宮には梅の精霊はいない。少なくとも、私が精霊として生きている間には。

「涼見って、梅の花が咲くと思い耽っていることが多くなるけど、何か思い出でもあるの?」
紅葉は私よりかなり若い。だから、「あの者」を知らない。

「梅には、江戸政権末期の頃にちょっとした思い出があるのだ。」
「ふーん、何?涼見は恋でもしてたの?」
紅葉がからかうように言った。
「あの者に恋情を抱いたことはないが、なかなか強烈な男だったな。」
私はあの者の、あらゆることを自信満々に語る姿を思い出し、ふっと笑いがこみ上げてきた。
「涼見が笑うなんて、珍し~。」
紅葉はまだあの者との関係を恋仲だと疑っているようだ。

「あの者は藩主だったのだが、私の存在を面妖だと面白がって、勝手に会いに来ていたのだ。
恋仲ではない。」
「ふーん。まあ、そういうことにしておくわ。
…で、梅の思い出って何?」
私の思い出を軽々しく聞き出そうとしないでほしいとも思ったのだが、隠すと変に解釈されそうなので、話すことにした。

「あの者が『ホトガラフ』を持ってきたのだ。」
「ほと?何それ。」
紅葉が知らぬのも無理はない。
「写真のことだ。当時は珍しい品でな。日本は国を閉じていた頃だから、表立っては持ち歩けぬ代物だった。」
私は当時の記憶を手繰り寄せていった──


「涼見。これを見よ!!」
あの者の命令口調はいつものことだった。
私は小さな紙片を受け取った。白黒だが、梅の絵にしては実物そのものに見えた。
「これは『ホトガラフ』じゃ!色はないが、絵とは違い、梅そのものに見えるじゃろ!!舶来品なんじゃがな。」
あの者は鼻息荒く自慢していた。

「お前…異国人は追い払うのではなかったか?」
それは当時の国の方針であり、旗を振っていた当事者だった。
「異国人は脅威だが、見倣うべきことも多いのじゃ。日の本の技術水準では、異国に攻め滅ぼされてしまうじゃろう。」
急に真剣な眼差しになるから、私は背筋がゾクッとした。
(ああ、この者は生粋の武士なのだ。)
そう感じずにはいられなかった。

「涼見!儂はこんな不粋な話をするためにホトガラフを持ってきたのではないぞ。
儂の藩の梅園をそちに見せたくて持ってきたのじゃ!」
怒りっぽいのも、あの者の気性であった。
「私に…梅園を?」
「左様。そちは八幡宮から出られぬからな。
今、辺り一面咲き誇っていて、この世とは思えぬ景色なのじゃ。」
そう言って、カッカッと笑ったのは今でも鮮明に思い出せる──


「やっぱり、恋じゃないの?」
紅葉が怪訝そうな顔をしている。
「もう、どうとでも思え…。」
私はいちいち否定するのも疲れてしまった。

令和の世、ホトガラフはスマホで気軽に撮れるようになり、遠くの人間に送れるようになった。
しかも動く画まで撮れるのだという。

だけど本当はお前と一緒に梅園を観てみたかった。
きっと美しかったに違いない。


【完】


↓涼見と藩主の物語

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