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つくも×ムジカ 4

石畳の道のある古い職人街。
楽器修理を生業とする少女の姿をした魔女がいた。
彼女が直した楽器は、聴く者、奏でる者を幸福にする魔法がかけられているようだった。

今日は、彼女の側にいる付喪神たちのメンテナンスデーである。

「オカリナの鳥と、大正琴のお嬢さんは特に異常なし!…あとは〜」
魔女が黒ずくめの青年の付喪神を睨んでいる。

「お、俺はメンテなんか必要ないねっ!ほら、こんなにピンピンしてるしよ!!」
そう言いながら、大正琴のお嬢さんの後ろに隠れた。

「な~に言ってるの!バンドネオンの悪魔、あなたが付喪神の中で1番楽器として複雑な機構なのよ?メンテナンスしないと、命取りになる場合だってあるんだから!」

魔女はため息を吐くと、右手を上げ、パチンと指を鳴らした。すると、バンドネオンの悪魔は青年の姿から、元の楽器の姿へと変わってしまった。

「うわっ…卑怯だぞ、魔女。この姿じゃ逃げられねぇ!」
楽器から聞こえてくるのは、悔しそうな声だ。

「強制するのは、私だって嫌よ。だけど、あなたが壊れる方がもっと嫌だもの。大人しくメンテナンスを受けなさい!」
魔女はバンドネオンを思い遣るように撫でた。

「しょうがねぇなぁ。メンテ受けてやるよ。」
バンドネオンは静かになった。

──メンテナンス中、バンドネオンは昔の夢を見ていた。魔女と出会った頃の夢だった。

元々、彼はバーで働くバンドネオン奏者の愛器だった。客はお酒だけではなく、奏者の奏でる音色にも酔っていた。客を酔わせる奏者と自分を誇りに思っていた。

しかし、奏者が亡くなってしまい、バンドネオンを奏でられる人間はいなくなってしまった。それから数十年、倉庫に押し込まれていたが、バーが店じまいすると、処分に困った店主によって、石畳の街の路地裏に打ち捨てられてしまった。

捨てられて数日、雨が降りだした。楽器にとって、水分は命取りである。このまま朽ちていくのかと思い始めた時だった。緑色の鳥が、バンドネオンの上に留まった。

「…見つけたわ。大きな【声】で叫んでいたのは、あなたね?」
傘を差し、黒いローブを纏った少女がバンドネオンに話し掛けてきた。有り得ないと思ったが、少女は明らかに自分に話し掛けていた。

「私は、楽器修理を生業とする魔女。その緑色の鳥は、私の相棒のオカリナの付喪神。外が『うるさい』から、オカリナの鳥と声の主を探していたの。」

鳥はバンドネオンから飛び立つと、魔女の肩に留まった。

「『うるさいって、何言ってんだコイツ』って?私は楽器の声が聞こえるの。『このまま、こんな所で朽ちていくのが悔しい』って、あなた叫び続けていたじゃない!つべこべ言わずに、私に修理されなさい!」
魔女は険しい顔で喝した。

魔女は白い大きな布でバンドネオンを包むと、それを自分が営む修理店に持ち帰った。魔女はローブを脱ぎ、すぐに修理に取り掛かった。

魔女の修理は、いつも楽器の声を聴くことから始まる。

「…あなたの持ち主は、あなたをとても大切に扱っていたのね。『お前は私の唯一無二の相棒だよ』って、演奏が終わった楽屋でいつも手入れをしていてくれたの。素敵な人だったのね。」
魔女は先程とは打って変わって、聖女のような微笑みを浮かべながら、濡れたバンドネオンを拭った。

捨てられた時に破損した部品と、傷んでしまっていた蛇腹を交換して、バンドネオンの修理は終わった。

魔女がバンドネオンを奏でると、楽器から黒ずくめの青年の姿へと変わった。

「俺…この姿は?」
自分に起きた変化に、バンドネオンは戸惑った。

「あなた、付喪神になったのね。思い入れの深い古い物は、魂が宿り、付喪神になることがあるの。ねぇ、行くところないなら、ウチで働かない?」
魔女が彼に手を差し出した。魔女の肩の上で、オカリナの鳥が「ほーほー」と鳴いた。

「…これも何かの縁ってやつか。修理してもらったし、ここに居てやるよ!」
差し出された手を彼は強く握った。生意気な口調になってしまったが、彼は新しい居場所が出来て、心底嬉しかった。

──バンドネオンが目を覚ますと、メンテナンスは終わっていて、人の姿に戻っていた。

「傷んでいる部品があったから、交換しておいたわ。ほら、メンテナンスして良かったでしょう?」
魔女が作業台に寝ている彼の頭を撫でた。

「…まあな。感謝してやるか!」
バンドネオンの悪魔は、体を起こすとニカッと笑った。

石畳の道のある古い職人街。
楽器修理を生業とする少女の姿をした魔女がいた。
メンテナンスを終えた楽器たちを連れて、魔女は街の広場で演奏会を開いた。街中は終日、幸福の魔法に包まれていた。

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