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【コラボショートショート】あなたが悲しそうな顔で微笑うから

このショートショートは、may_citrusさん原作「澪標」最終回の後、「もしも実咲さんが夫である航さんのつけている香水の意味に気づいていたら?」というお話です。


私が強迫性障害の治療をしていた頃。

強迫症状が落ち着いている時に入った、夫である航くんの寝室で、黄緑色の香水を見つけた。夫は香水が好きで何種類か持っていたが、会社につけていく、サムライのアクアクルーズよりも特別に扱っているようだった。

夫から漂う、グリーン系の香りは、以前嗅いだことがあったのだが、何時だったか今まで思い出せずにいた。しかし、ロクシタンの女性向けの香水瓶を見て、私は思い出した。

夫が転職して1年経った頃…会社の送別会で遅くなったことがあった。夫から仄かに香ってきたのが、この香水の香りだった。夫はその時、「部下が体調を崩して…介抱した時に匂いが移ったのかも」と言っていた。

私はあの頃、夫よりも元婚約者との逢瀬に熱を上げていたので、特に気にはしていなかった。けれど、あの時夫は女性と不貞行為をしていたのではないか。

私は水の中に墨を流したように、疑念が心を支配していった。

私は息子の航平がいる前で、夫に「香水それは女性用じゃないの?」と、出来るだけ穏やかな口調で尋ねた。息子の前でなければ、激しく問い詰めてしまいそうだった。

夫は、「部下の女性からいい匂いがしたから、何をつけてるか聞いて同じのを買ったんだ。いい匂いがしたと言っただけなのに、部下の女性からセクハラだと露骨に顔をしかめられたよ」と憤慨していた。

「それはそうだよ、どうみてもセクハラ親父だよ」と息子は爆笑していた。

「だから会社にはつけていかないんだよ」と、夫は言い返していたけれど、「そんなに笑わないでよ」と、困ったように微笑う夫の顔は、あまりにも悲しそうに見えた。

私は確信してしまった。夫はその部下に恋をしていたのだ。夫の真面目な性格上、本気だったに違いない。そして、その恋は終わってしまったのだと。

夫は私を見捨てて、その部下と一緒になることだって出来たはずだ。それだけのことを、私は犯してしまった。だけど、彼はそうせず、私の病の治療に真摯に付き合ってくれていた。

私は、修復しつつある夫婦の仲を壊したくなかった。きっと、夫も同じ気持ちに違いなかった。

私は嫉妬心に蓋をして、息子と爆笑して気づかないふりをした。


【完】


このショートショートの元になったエピソードは、こちらの短編小説に描かれています。

実咲さん、気づかずに息子と爆笑していてほしいですね(T_T)

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