本の紹介「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない/桜庭一樹・杉基イクラ」

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昔、読んだ漫画なのですが一度手放してしまい、また読みたくなったので買いました。

内容を忘れていたのもあって、昔より今の方が読んだ後のダメージが凄かったです。

二人の女の子

現実を生き抜くための「実弾」が欲しい山田なぎさと、現実を生き抜くために空想に逃げ込む「砂糖菓子の弾丸」を撃ち続ける海野藻屑(うみの もくず)。

藻屑がなぎさのいる学校に転校してきたところから、二人の交流は始まります。

なぎさのいう「実弾」は、生活に必要な「お金」だったり、お金を稼ぐための「仕事」をさしていて、現実的な女の子です。

藻屑は父のことが大好きなのに、父に虐待されている現実が辛くて、自らを人魚だと謳います。

その作り話を繰り返すことで、彼女なりに自分を守っていたんだと思います。

自分を守るために、父からの暴力すらも「愛」と解釈して。

うさぎは誰が殺したのか?

花名島正太(かなじま しょうた)は藻屑に片思いをして、その仲介をなぎさに頼みます。

なぎさが花名島に好意を持っているとも気付かずに。

だけど、藻屑はなぎさに夢中で花名島のことなんてどうでもいい感じで、花名島はそれが面白くありません。

険悪な雰囲気になる藻屑と花名島。

そんな矢先、なぎさが学校で飼育しているうさぎ達が何者かによって殺されてしまいます。

第一発見者の花名島は、「こいつだけ頭がないんだ」と呟きます。

藻屑は花名島が、花名島は藻屑を、「こいつがうさぎを殺したんだ、なぎさの気を引くために!」と言い、しまいには花名島が藻屑を殴ってしまいます。

作中ではうさぎを殺した犯人は明らかにされておらず、読者の中でも誰がうさぎを殺したのか意見が分かれています。

また、無くなった頭は藻屑の鞄から発見され、状況もややこしくなります。

花名島は何に驚いていたのか?

気になったのが、花名島の驚いた姿です。

「うさぎが殺されていたこと」に驚いたのか、それとも「一匹だけ頭が無いこと」に驚いたのか?

前者ならうさぎが殺されたことを発見時まで知らなかったことになりますが、後者だと「うさぎが殺されたこと自体は知っていた。というか、殺したのは花名島。だけど、うさぎの頭を切断はしていない」のでうさぎ殺しと頭部を持ち出した人物は別の人=藻屑とも考えれました。

それか、案外藻屑でも花名島でもない別の生徒Aとか、そういった可能性も否めません。

「花名島正太も汚くなればいい……!!」

暴力を振るったことを後日謝る花名島ですが、そのときに虐待時の痣だらけの藻屑を見て、「おまえ 汚ねぇなぁ」と言ってしまいます。

藻屑は怒りながら、花名島をモップで殴りつけます。

「お父さんにしか殴られたことないんだから…!」とも怒ります。

まるで、父だけが藻屑に暴力を振っていい存在だとでもいうように。

この場面で、「汚い」という単語が飛び交いますが、藻屑にとって暴力は性行為に似たものなのかな、と思いました(この思考は飛び過ぎかな)。

性行為を勝手にしてきた花名島は、藻屑からしたら自分を強姦してきた相手のようなもので、「お前のせいで私は汚れた」と思ったのかな、と(性犯罪の被害者が「私は汚れてしまった」と言う感じ)。

だから、「お前も汚れればいい。今度は私がお前を汚してやる」という意味でモップで殴ったのかな、と。

藻屑を殺したのに泣いていた父親

藻屑は最終的に、虐待により父に殺されてしまうのですが、藻屑の遺体を処理するときに父が泣いていて、それをなぎさが見てしまいます。

「自分で虐待して自分で殺したのに、どうして泣いてるの?」という感想も見かけましたが、多分藻屑の父が虐待をしていた理由には様々な感情があったからでしょう。

何処ぞの精神科医が「怒りの感情は二次感情」と教えてくれたのですが、これは怒りの前には別の感情がある、という意味です。

藻屑父の場合、奥さんに見限られていたのもあって、自分の意見が必ず通る相手は藻屑しかいなかったのではないでしょうか。

藻屑父は藻屑だけを見ているのに、藻屑は外の世界=なぎさに興味を持ってしまった。

これは、藻屑父からしたら裏切られた気分だったと思います。

ただ、この過程でいくと、藻屑父の背中を押してしまったのは、なぎさから藻屑父への「藻屑を殴らないで」という台詞になるという皮肉。

自分は今はもう売れていないミュージシャンで奥さんにも見限られて藻屑しかいないのに、その藻屑にはこんな風に心配してくれる人がいる。

その事実を藻屑父は受け入れることが出来なかったのかもしれません。

暴力の解釈

神の視点を持った王子系ニート、現代の貴族である兄の友彦は引き篭もりなのですが、なぎさは「あの頃よくモテていた兄の部屋にいきなり女の子が押しかけてきた」「そこで何かがあった」と思い返します。

友彦もまた、傷付けられた(と思う)存在です。

この作品の登場人物は、暴力を振るったり、振るわれたりすることが多いのですが、そのキャラクターによって暴力を振るう理由も振るわれたときの意味の解釈の仕方も異なる作品で、そこが興味深いです。

なぎさから見て藻屑は暴力を愛情と思っていて、藻屑は父に愛されたいから暴力を受け入れ、花名島は藻屑に暴力を振るわれて恍惚とした表情になり、友彦は引き篭もり、藻屑父は俺を受け入れろという意味で暴力を振るう、私にはそんな風に見えました。

他にも、クラスメイトの映子は藻屑の悪口を言い、痣にはならない暴力も描かれています。

砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない

藻屑は嘘を並べることで自分を守っていましたが、藻屑の嘘を友彦は「なぎさの実弾に対して、彼女のは砂糖菓子の弾丸だね」と名付けます。

藻屑は物語の終わりの方で、自分が人魚である設定なんて本当は嘘だと分かっていたように(実際、あくまで「嘘」であり「妄想」ではないと思う)「……こんな人生ほんとじゃないんだ」「きっと全部誰かの嘘なんだ」「だから平気」「きっと全部悪い嘘だから……」となぎさの前で泣きながら吐露します。

藻屑は最終的に藻屑父に殺されてしまうのですが、「嘘や作り話という名の砂糖菓子の弾丸で自分をいくら誤魔化しても、子供は一人で生き抜くことは出来ない」という意味を込めて「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」というタイトルなのだと思います。

登場人物達のその後

藻屑の死後、花名島は変態に目覚めたクラスメイトに、映子は途中なぎさにも意地悪になりますがノートを貸してくれるくらいには優しい面を見せ、友彦は伸ばしっぱなしの髪の毛を切って現代の貴族から自衛隊へ、藻屑父は逮捕され、なぎさは兄が就職したこともあり進路を就職から進学に変更します。

藻屑の出来事を魂に刻みながらも、この先も生き続けていく終わり方で、「リアルだなぁ」と思ってしまいました。

多分、私を含めて今日まで生きてきた人達は、辛いことがあって何事も無かったふりをして、でも忘れることもなく生きていくものなのかもしれません。

なぎさも藻屑も中学生なのですが、中学生が自分一人では生きていけない葛藤もリアルでした。

此処から逃げたいのに、逃げ出す術が無い。

暴力の意味を考えさせられたり、生きるって戦うことの連続だなぁ、と思う作品でした。

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