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英語「利害の与格」について(その1)

         英語「利害の与格」について(その1)
          (「For」が引き継ぐ「利害の与格」)
                          by SAKURAnoG
 
皆さん、こんにちは。今回は「英語の前置詞について」(その5 FOR)からのスピンアウト編として「英語の『格』」そして「利害の与格(Dative of Interest)」と、少しだけ「Ethical Dative」(翻訳不能(笑))について語りたいと思います。
 
目次
(その1)
1.     英語の「格」について
2.    英語における「格」の種類
3.    与格とは?
(その2)
4.利害の与格とは?
5.「For」が引き継ぐ「利害の与格」
6. 害を表す「for」とは?
7. 「Ethical Dative」について
 
1.     英語の「格」について
古い時代(古英語450年ごろ~1150年)には、語順が今よりも緩やかで、主語が動詞の後ろのほうに現れたり目的語が動詞や前置詞の前に来たりしていました。今は語順が決まっていて「John baked Mary a cake.」というと、ジョン「は」メアリー「に」ケーキ「を」焼いてあげた、ですね。この日本語の「てにをは」に相当する表現は、英語では主に「文型(語順)」と「不変化詞(前置詞と副詞)」が担っています。
ところが、もしこの語順がばらばらだったらどうでしょうか? 「baked Mary John a cake.」なんとなく「ケーキを焼いた」というのは、わかるのですが、ジョンが焼いたのかメアリーが焼いたのかわかりませんね。古英語では、この「てにをは」を主に「格」という語形変化が担っていました(もちろんそのほかに前置詞もありました)。今でも人称代名詞にその名残があります。上の文章を人称代名詞で書き直すと「He baked her a cake.」となります。バラバラにしてみましょう。「baked her he a cake.」「he」があるからこれが主語だとわかります。「a cake」は変化しないのでわかりませんが、意味上なんとなく「ケーキを」であることが推測できます。昔はこの「a cake」が対格(=目的格)という形をとっていたので、「ケーキを」という意味であることがわかりました(実は単数では、主格と対格が同形である場合が多かったので、おそらく語順もしくは文脈も[場合によっては前置詞も動員して]ある程度意味に関与していたと思われます)。「her」はこの文脈では古英語では「hi(e)re」となっていたと思われます。単数の「hi(e)re」は「の」(属格)か「に」(与格)のどちらかを表わしました。ここは文脈から「彼女に」(与格)であることがわかります。つまり格変化をすることによって、語順がばらばらでも文が成立していたわけです。 ここで「he」を「主格(~は)」、「her」を「与格(~へ/に)」「a cake」は、(格変化しないのでわかりませんが目的語になっているので)便宜上「対格(~を)(学校文法では『目的格』もしくは『通格』[主格と目的格の共通呼称])と呼びます。
それぞれの役割は、「主格(~は)」は主語を、「与格(~へ/に)」は動詞の行為が及ぶ範囲/影響する相手を、「対格」は動詞が直接作用する物/相手を、「属格」(注)はいろいろです。(笑)(もちろん一般論なので、例外もたくさんあります)。
(注)「属格」は、学校では「所有格」と教えているものですが、古英語の時代の「属格」は所有だけでなく、動詞や形容詞と結びついて、もっと広い用途と意味を持っています。
 
2.英語における「格」の種類
格の種類については諸説ありますが、この稿では主、対、属、与の4格について語ります。学校の英文法では、「主格」(=he)、「所有格(一般的には「属格」と呼びます)」(=his)、「目的格(一般的には「対格」と呼びます)」(=him)と3つの格を習います。古英語ではこれらのほかに「与格」という格がありました。「与格」というのは主に「~に」という意味をあらわす格で、今では「対格(目的格)」と同形になってしまっていますが、古英語では与格と対格はおおむね別の形をとっていました。ここからは、今では姿を消してしまった「与格」にもご登場いただいて、「昔の名前で出ています」(古!)ということで仮想の格を想定して話を進め「利害の与格」につなげていきたいと思います。
 
3.与格とは?
文中では
a.     He baked her a cake.
( S + V + O1 + O2)  [ O1 =間接目的語(~に)O2 =直接目的語(~を)]
におけるO1がとる(正しくは千年以上前に取っていた)格の形を「与格」と呼びます。
例えば、「stone」(単数)の古英語における格変化は、次のようなものでした。
主格        st ā n
対格(=目的格)   st ā n
属格(=所有格)  st ā nes
与格(今では目的格)st ā ne
a.の例では「her」が「she」の与格として表れています。
(間違えないでいただきたいのが、「主語」と「主格」の違いです。「主語」というのは文章中で「主格」という「形」を取り動作の「主体」を表します。つまり「主語」は文章中の「役割」、「主格」はその語が役割に応じて取る「形」ということです。逆に言えば、「主格」を取っている語がその文章の「主語」ということになります。)
 
先の例文では次のような格を取っていると考えられます。
a)     He(主格) baked【動詞】 her(与格)a cake(対格).
   S      V        O1      O2
上の例で、「O1」を「間接目的語」、「O2」を「直接目的語」と呼びます。学校文法では「her」の格は「O1=(間接)目的語」なので「目的格」ということになりますが、古英語の時代には「与格」という形を取っていました。
 
動詞の目的語なので、受動態になります。
a1) 「O1」を主語に:She was baked a cake (by him).
a2) 「O2」を主語に:A cake was baked for her (by him).
ここでa2)では「for her」と突然「for」が現れます。この「for」がないと文章としては不適格となります。
つまりa)における「O1(与格)」(この場合「her」)の格変化が、時代の流れとともに薄れていく中で、その意味をより明確にするために「for」(~のために)という前置詞が付くようになりました(a2)。この「for her」はa)における単独与格(前置詞がつかない与格)の「her」(O1)と等価であることからCurme(注1)が名付けたのが「prepositional dative」(前置詞付き与格)という術語です(カッコ内の述語訳は筆者)。
(注1)(Curme ‘SYNTAX’ Maruzen Asian Edition 1959, copyright 1931 by D.C. HEATH AND COMPANY, BOSTON, published by MARUZEN COMPANY LIMITED, TOKYO 以下「Curme」)
 
ここでお断りしなければならないのは、現代英語において「与格」は「対格=目的格」と同一形となったため、「与格」という格は存在しません。仮想上の「格」と言えるでしょう。ただ、この「仮想の格」を想定することで現代英語のいろんな謎や矛盾を(過去にさかのぼって検証することで)解決することができる場合があるのです。(⇒別コラムで《「rob A of B」はなぜAとBがさかさまなのか?》を「前置詞付き属格」の観点から解き明かす予定です)
続きは(その2)で。 
(その2)では、本題である「利害の与格」について語ります。ぜひ、読んでみてください ↓


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