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あの日のトキメキをもう一度

出会った時トキメキを感じたものが今までの人生の中でいくつかあります。

その中の一つが、ジョーン・バエズが歌う『思い出のグリーングラス』でした。

高校三年生の春、音楽の授業で先生が聴かせてくれました。

赤いカーペットに簡易机が並べられ、正面にはグランドピアノと大きなオーディオ。

教室の一面は大きな窓ガラスで、小さい中庭の緑が太陽に照らされている午後でした。

いつも先生は音楽を聴く時に電気を消します。

蛍光灯の下で聴く音楽は嫌だと言っていました。

「今日は人数が少ないから、ちょっと趣向を変えてフォークソングを聴きましょう」

ジョーン・バエズのCDを片手に、先生はフォークソングの歴史を語ってくれました。

それらが戦争などをはじめとする悲しい現実を歌っていることをその時初めて知りました。

「この曲は日本でも人気のある曲なんだけど、日本では2番までしか翻訳されてないんだ」

歌は、ある男性が列車を降りる場面から始まります。

久しぶりに帰ってきた故郷に懐かしさを覚えた頃、駅のホームに母親と父親、恋人の姿を発見します。

故郷の慣れ親しんだ道を抜けると、出て行ったままの家と庭の芝生。

裏の大きな木は子供時代によく遊んだあの頃まま立っていました。

何も変わっていない故郷の風景に安堵しながら彼は大切な人との時間を楽しむのです。

ここまでが日本で翻訳されているもの。

しかし、この歌は死刑囚が処刑される前日に見た夢だったのです。

男性が目覚めると、そこは四方をコンクリートに覆われた檻の中でした。

流れる涙に「ああ夢を見ていたんだ」と気づく男性。

檻の外には悲しそうな看守。

もうすぐ牧師が迎えにきて、処刑台に向かう。

そして僕はあの大きな木の下に埋まって、家族や恋人は悲しみの表情で会いに来るんだ。

という曲です。

その説明を聞いた後、先生はCDをオーディオにかけ電気を消しました。

窓からの自然光だけが私たちを包んみ、

バイオリンのノスタルジックなイントロが流れ、歌は故郷に帰った喜びを歌いあげました。

英語は全くわからない私でも、3番に入った瞬間の悲しみはわかります。

その瞬間、涙が溢れて

その時初めて音楽を聴いて泣きました。

小さい頃から音楽に触れてきたのに、音楽を聴いて泣いたのはそれが初めてでした。

自分の涙に驚きつつも、この歌と出会えたことが何よりも嬉しくて、初めて味わう感情も、窓の外の新緑も、全てがキラキラしていました。

私は音楽の何もわかってなかったんだと思いました。

心で何も感じていなかった。

この曲との出会いは、五年経った今でも忘れられません。