天龍院亜希子の日記(安壇美緒)

 読み終わった後、久しぶりにじわじわと温かいものが心の中に湧き上がってくる感覚があった。
 主人公の田町は、東京で働くごく普通のサラリーマンである。毎日何か大きなことあるわけでもなく、しかし、行くのが嫌になるような職場の雰囲気に振り回されながら、惰性で日々を過ごしていた。そんなある日 彼は偶然、小学生の頃の同級生であった天龍院亜希子の個人ブログを見つけてしまう。彼は、小学生のころ、彼女をいじめ、泣かせたことに後ろめたさを感じつつも、その彼女の日記を見ることをやめられなくなっていった。つづく...
という話から始まる。
なんとなく田町と天龍院は出会って終わるのかなと予想していたが、予想は違っていた。それぞれが実際に交流することなく静かに物語は終わりを迎える。
私は、信じることの温かさを教えてくれる日記のような物語であると思った。実際、主人公である田町が読んでいたものが個人的な天龍院の日記なのだが、この本は読者に向けた田町からの日記ではないかと。私の中で、日記とは、本来言えないような本音だったり、とても小さいものではあるが新しく気づけたことだったり、この先も忘れたくない感情の高ぶりだったり、そんな日々の小さな積み重ねを誰かに見られる前提もなくありのままにつづられたものだと考えている。そんな部分の描写がいい意味で多いと感じた。

 田町が天龍院の日記を読んだ最初の日に、彼が「だから何なのかって話だけど、俺はなぜかそれに救われた気がした。大昔にちょっといじめた女の子が現在幸せそうでほっとしたのかもしれないし、直接知っている誰かに『この世界全然ありでしょ』と横やりを入れてほしかっただけなのかもしれない。」と感じたように、この本を読んだ読者も、田町っていう人間が本当にどこかで幸せに生きていてほしいと願わずにはいられなくなるだろうし、『この世界全然ありでしょ』って思わせてくれる、そんなあったかい物語だと思う。ぜひ部屋の隅っこで日記を読み返すようにひっそりと呼んでみてください。

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