vol.1.1 第1部 網地島
ここは昔から漁業の村だった、と宮城県石巻市の網地島(あじしま)に住む人たちは話す。男性たちは小舟で海に出て魚をとり、女性たちは島で畑を耕した。半農半漁の暮らしが営まれていた頃は決して裕福ではなかったけれど、自給自足するには困らなかったという。第二次世界大戦後、変化が訪れた。大型の遠洋漁業の会社ができ、男性たちは家を空け遠洋で働き始めた。網地島の長渡浜(ふたわたしはま)にはしっかりとしたつくりの大きな家が多い。遠洋漁業が利益をもたらした時代、皆そろって家を建て替えたそうだ。
今は昔ほど漁業で稼ぐことはできず、若い人たちは街に出て暮らすようになった。現在、島の住民のほとんどは高齢者だ。「島の人が街に住んでも3日ともたないけど、街の人が島にきても3日ともたないよ」と話す。商店もほんの数軒しかなく、島にあった学校も廃校となった。その代わりにできた病院の存在は心強い。網地島は2011年の東日本大震災の震源地にもっとも近い地域だ。津波が最初に到達したのもこのあたりだった。水道も電気も止まり、支援物資もなかなか十分に届かなかった。その混乱を島の人たちは自力で切り抜けた。この島には、鯨を奉った古い石碑があるという。
この島で暮らしつづける人たちが見てきた鯨とはどのようなものだったのだろう。
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