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fieldnotes(日々の記録)

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リトルプレス『ありふれたくじら』の制作プロセス、随筆、うつろいかたちを変えていく思考の記録、などなど。不定期の投稿は、こちらのマガジンにまとめていきます。
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#フィールドワーク

P.9|行間の風景: 1. 「砂山の鯨」

「行間の風景」を旅する宮城県石巻市、牡鹿半島の先端にある鮎川浜は鯨の町として知られる。長年鮎川浜で暮らしてきた女性は、「鯨は陸(オカ)から見てもいねぇんだもん」と言った。と。彼女の夫は捕鯨船の銛打ちだった。捕鯨船は一度漁に出ると一週間は戻ってこなかったそうだ。沖のずっと向こう、どこまで行ったかわからない、と。 鮎川浜の人たちと鯨の関わりはさまざまだ。海を泳ぐ鯨を見たことはないけれど、鯨料理が得意な人。鯨の歯の加工の仕事を継いできた人。捕鯨船乗りや鯨の解体士も。 鯨という巨

P.7|鯨めぐり(青森県青森市〜八戸市〜岩手県洋野町)

三陸沿岸部〜北海道沿岸部の漂着鯨にまつわる記録や伝承の連なりが気になって、調べている。 特に、鯨がイワシやニシンを連れて来る漁業の神と結びつけられる話の数々。それは、全国一律に「捕鯨は日本の文化」と語られるようになった時代以前の、土地に根ざしたものの見方のような気がする。 8月最終週末、青森県青森市〜八戸市〜岩手県洋野町の旅記録。 1. 諏訪神社(青森県青森市栄町) 陸奥湾に流れ込む堤川の河口近くにあるこの神社には、祭日にイルカの群が川をのぼり参拝するという伝説がある

p.4|物語のしっぽ / Tails of a tale

このところ、ビーズ刺繍、糸刺繍、鉛筆画で同じひとつのイメージを描いていた。『ありふれたくじら』Vol.6の挿絵につながるイメージ。素材によって生まれる変化がおもしろい。 手仕事の繰り返しは、受けとる情報が日々変わる予測できない不安の中でも、今日から明日へ続いていく日常を作り出していく。 このイメージは、あるひとつの考古遺物のことを調べながら芽生えてきた。 2019年の春、ニューヨーク州アルバニーのニューヨーク州立博物館に収蔵されている平板(タブレット)を見に行った。19

p.3|鯨が運んできたもの〜〈向こうがわ〉を眺める

最近、岩手県大槌町の伝承を思い出していた。 "大槌町に「鯨山」という山がある。かつてこの辺りに、疫病が発生したことがあった。大槌の浜に打ち上がった鯨を食べた人が元気になったから、周辺に住む人たちが鯨を求めてこの山を目印に集まってきたことに由来する。また、鯨が大漁だった時に人々がこの山に集まったとも言われる。"(参考①、他) 数年前、鯨山に登ってみた。山頂から湾が見渡せた。山頂の社には石作りの「権現様」(獅子頭)がいくつも祀られていた。海沿いから見上げるとまわりの山々より高

p.2|アラスカの人、日本の人。一緒に鯨を食べる。

数多くの生き物がいるなかで、なぜ鯨を扱おうと思ったのか。ふりかえると、米国アラスカ州で暮らした頃の体験がきっかけだった。2006年から2010年まで、アラスカ州の大学の芸術科で学んだ。高校生の頃にアラスカの先住民芸術に興味を持ったことから留学しようと決めた。大学の先住民芸術のスタジオでは、教員も学生も先住民の血をひく人がほとんどだった。学期の終わりになると「ポトラック」という持ち寄りの食事会がひらかれ、地方の町や村にルーツを持つ教員や学生は、それぞれの故郷でとれたものや、