元カノとチータラ

 10年前の元カノの話をSNSに書くと、元カノの友達からDMが来た。

 「ものすごいモラルに欠けていると思います。ネタにして面白いですか?がっかりしました、投稿を消してください」

 その友達とは直接会ったことはなく、元カノからよく話を聞いていた友達だった。僕からすると、別れて10年経った今もその人が僕のSNSを見ていることに少し驚いた。元カノはとっくのとうに僕のことをブロックしていたからだ。

 投稿した内容は、当時元カノが働いていた映画館で、僕は舞台挨拶のゲストで登壇することになったので「当時の彼女が働いていた映画館、そこで舞台挨拶なんて感慨深いなぁ」と呟いた。ネタにするつもりも、面白がって投稿したつもりもなかった。

 しかし、物事は人によって捉え方が変わってくるので、不快な思いをさせてしまって申し訳ないと思い、謝り、投稿を消した。その後、自然な流れでDMを送ってきた友達は、僕のことをブロックした。

 その元カノとは一年半ほど、同じ時間を過ごした。金太郎飴のように、どこを切り取っても愛に満ち溢れた日々では決してなかった。しかし、どんな恋愛だって振り返ってみれば甘ったるく、思い出すのは楽しかった出来事と、見逃していた愛情だ。

 付き合った当時、彼女は大学生で僕はアルバイトをしながらバンド活動をしていた。バンドの練習終わり、彼女の家に向かうと必ず駅まで迎えに来てくれた。疲れ果てて、前転でもするんじゃないかってくらい、猫背に丸まった背中を見て「なんか食べる?」と帰り道に聞いてくれ、よくパスタを作ってくれた。どんなパスタだったか、味も見た目も忘れてしまった。記憶って本当に頼りないなと思う。その彼女の冷蔵庫はいつも実家から送られてきたものでパンパンだった。本人は好んで食べないが、そのことを実家に言えず、永遠に送られてくるチータラが、冷蔵庫の一角を占領していた。

 しばらく経って、彼女は社会人になった。それから「バンドはいつまで続けるの?」とよく聞かれるようになった。「30になるまでかな〜」と僕はあまり思ってもないことを言った。そうして、社会人一年目の彼女をろくに支えることができないまま、僕らはお別れをした。どちらかが振ったでも、振られたでもなく、お互いに全てやり切ったような気持ちで、お互い話し合った上でお別れをした。

 最後の話し合いの中で「彼氏ができたら教えてね~」と僕は伝え、彼女も「彼女ができたら教えてね~」と僕に伝えた。それから半年ほど経って、その彼女から「彼氏できたよ~」と報告が来た。「あらあら、おめでとう!」と返事をした。彼女とのやりとりはそこで終わり、そこから連絡を取り合うことはなくなった。「元気かな~」とか「仕事続いているかな~」と、年に一度か二度、思い出すことがある。

 僕が生きていたって、どこにも大きな影響を及ぼさないし、明日死んでも、三日くらい経てば皆の心も元通る。だけど、こうして僕が当時の彼女を年に何度か思い出すように、僕のことを思い出してくれる人が、今どこかの街中で信号待ちをしているかもしれないし、たくさん眠れた二度寝の夢に、僕が登場しているかもしれない。その時に、その誰かさんの胸が少しだけほっこりするような、そんな存在になれてたらいいなと思う。


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