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【毎週ショートショートnote】一方通行風呂

 サウナは、水風呂に腹を立てていた。
 サウナに入ってくる人間たちは「早く水風呂に入りたい」とよく言う。
 サウナだけでは不満なのか?
 水風呂が憎い。

 ある日、サウナはヒトの形になった。
 水蒸気でできた体で、水風呂の前に立つ。

「水風呂、でてこい」
 低い声で呼びかけると、水風呂もヒトの形になって立ち上がった。

「お前ばかりチヤホヤされやがって今日こそは許さん」

「それはお前だろう!」
 水風呂がケロリン洗面器を投げつけてくる。

「毎日サウナのおまけ扱い。もううんざりだ! 大体、お前のあとの人間熱いんだよ。水がぬるくなるだろうが」

 サウナと水風呂はとっくみあいの喧嘩になった。

 両者が激突し、高温の水蒸気へと変化する。
 風呂場の鏡が一気に曇る。

 やがて――
 サウナと水風呂は、お互いがお互いを食い合い、跡形もなく消えうせた。

 渋い魅力のある打たせ湯は、そっと弔いの句を詠んだ。

「ゆずれない 風呂の矜持は 死出の旅 主張はいつも 一方通行」

(412文字)

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