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「勇者は僕の世界から帰れない」第2話

 俺はレデが腕の中で冷たくなっていくのを感じながら、まるで夢にいるような感覚を感じていた。全てが信じられない、信じたくない。どれほど時間が経っただろうか。1人の同い年くらいの女が家の中に入ってきた。彼女はレデにチラリと目を向け、ゆっくりと目を閉じ、レデに深くお辞儀をすると、俺に一緒に来るように言った。深い悲しみを含んだその目によって、彼女が敵ではないことは明白であった。女はレデを背負って、俺は言われるがままに女の後をついて行った。レデがいた家よりもさらに明るさもない茂みを進むと、小さな家があった。中に入るとそこには小学校中学年ほどの歳であろう男の子がいた。女は話し始めた。彼女の名前はゼラといい、レデの家に仕える身であること。そして、男の子の名前はジグといい、レデの弟であること。ジグは死んだ兄を見つめ、静かに泣いていた。ゼラはそんなジグを見ながら、必死に涙を堪えようとしていた。そしてゼラは俺に、レデの最期の言葉を尋ねた。勇者はいなかった、そう言われたことを告げた。ゼラは静かに頷き、それがレデ様の結論なのですね、そう言うと、泣き始めてしまった。俺はこの悲しみを共有する相手と出会い、さらに感情が爆発した。目の前で何が起こったのかも分からず、何もできなかった自分がさらに不甲斐なくなった。ゼラとジグにとっても大切な人を亡くさせてしまって申し訳なかった。しばらく俺は2人に謝りながら、痛いほど泣いた。3人でわんわん泣いていると、長い髭を蓄えた爺さんが入ってきた。レデの姿を見た後に、泣いている俺たちに、うるさい、その一言ぴしゃりと言い放った。俺は一瞬狼狽えたが、爺さんの言葉が頭の中に響き渡り、理解をした頃、爺さんに瞬発的に殴りかかっていた。なんだかレデの死を、俺たちの感情を踏みにじられたかのように感じた。爺さんは俺を簡単にいなし、俺の頭を足で踏んづけた。そして、ゼラにレデの最期の言葉を尋ねた。ゼラは言うのを躊躇っていた。そんなゼラに爺さんは、指をゼラに向け、一歩も動かずに何かの攻撃を与えた。ゼラは吹き飛んだ。そしてまた、爺さんはゼラに同じことを尋ねた。それを何回も繰り返した。俺は頭の上にある爺さんの足を持ち上げようとしたが、爺さんは異常に力が強くピクリともしなかった。その間もゼラは攻撃を与えられている。くそっ、そう思っていると、ジグが爺さんに向かって叫んだ。
ジグ「もう、やめてくれ!兄さんは、兄さんは、
ゼラ「言ってはいけません!!」
ジグ「勇者の器は見つからなかった、そう言った!」
爺さんはそれを聞くと攻撃をやめた。爺さんの足の力はみるみる弱まり、手で顔を覆っていた。ショックを受けているようだった。そうか、そうか、と自分に言い聞かせるように言っていた。この世界はやっぱり呪われてる、救われない、そう呟いた。そして覚悟を決めたように、爺さんは力強く言い放った。
爺さん「ジグ様、まずはあなたから斬る。覚悟はできてますか?」
ジグ「…うん。」
爺さん「その次はゼラだ。」
ゼラ「はい。」
俺は2人の会話が理解できなかったが、瞬発的に止めた。
玲陽「おい待てよ、じじい!なんでこいつらを殺すんだよ!」
ジグ「玲陽さん、大丈夫だよ。もう僕も、兄さんと、みんなと同じところに行くよ。それがいい。」
玲陽「そんなのどう考えてもだめだろ!」
爺さん「小僧、しゃしゃるなよ。貴様には関係ない話だ。」

ああ、そうだ。俺には関係ない。爺さんにも事情があるみたいだし。きっと俺の知らないことがたくさん起こっていて、きっとこいつらは雁字搦めになっていて、その結果死を選択している。それになによりこいつら自身が死を受け入れている。いつもだったら問題はないだろう、と思って自然に受け入れて、干渉しないようにしていただろう。そもそもいつからだろう。自分と他人に太くて濃い線を引き始めたのは。そのせいで、親友のレデのことも全然知らなかったじゃないか。抱えていた事情や過去を聞こうともせず、いいや、聞く勇気もなかったんだ。俺には一緒に傷を、荷物を背負う覚悟がなかったんだ。なんて、俺は嫌なやつなんだ。最期まで一緒に背負い込んでやることができなかった。もう話を聞くことも、慰めることも、重荷を分け合うこともできない。後悔してもしきれない。だからだったんだろう。この時の俺が、爺さんに向かって思いっきり椅子を投げつけたのは。
玲陽「そうだよ!俺はな、事情とか詳しいこと知らねぇよ。でもな、ただもう後悔したくないんだよ!だからな、誰がなんと言おうと、誰が止めようと、勝手に首突っ込んでやるよ!」

爺さんは椅子を投げつけられたにもかかわらず平気そうだった。そして身軽に立ち上がった。そして、今までは眼中にもなかった俺に対して、自分はゼラの祖父だといい、俺に質問をしてきた。レデとはどのような関係なのか、どこから来たのか、なんでここにいるのか。レデとは親友であること、どこから来たかは分からなく、ここがどこかは分からないこと、最後にレデの故郷を見たくてこっちに来たことを告げた。ゼラはレデが生前、玲陽のことを面白いやつだ、大胆なやつだ、と笑いながら楽しそうに語っていたことを話した。
 爺さんはこっちの世界のことを説明し始めた。この世界を統治している現在の王権のせいで、世界は混沌を極めていた。蜜だけをものすごい勢いで吸い続ける王権のせいで、貧富の差は広がっている。王権に仕える者たちが好き勝手振る舞い、民衆は過度な労働を強いられ、ろくにご飯を食べられない。この状況が今いる地域、ラナイではもちろん、世界中で蔓延っている。そんなことがもう1000年以上続いているが、それでも、民衆たちには一筋の希望があった。それは、どこからともなく勇者が現れて、救ってくれる、という遥か昔から続いている噂であった。体が凍えて芯から震えるときも、何も食べてなくて地面から起き上がれない時も、みんなその噂を信じていた。そうやって頑張ってきたのだ。多くの民衆は知らないが、その噂はラナイで代々伝わる預言書に書かれていることに基づくものであった。この預言書は王権の者は誰も知らなく、知るのはレデの一家と、それに仕えるゼラの一家のものだけだった。それによると、光を発しながら生まれる唯一の赤子が、異なる世界で勇者を見つける、と書いてあったのだ。そして、気の遠くなるほどの長い辛抱の末、レデは生まれた。レデは小さいながら、勇者を見つけるために、1人で俺のいた世界に来たそうだ。でもその希望であるレデが、勇者はいなかった、と言った。つまりもうこの世界が変わることは、人々が救われる可能性はなくなったのだ。レデ一家も、ゼラ一家も、爺さんも、ただ一つの希望のために、その使命のために今まで生きてきた。それがなくなったのだ。もう、3人には絶望しかなかった。だから死ぬのだろう。
 俺はどんなにうざがられたって、迷惑がられたって、首突っ込んで、お節介野郎になることは決めていた。それに、せめてもの償いに、親友の長年の荷物を背負わせてほしかった。だから親友との約束を破って、一つの嘘をつくことにした。
玲陽「いやー、悪い、悪い。なんかチキってさぁ、とりあえず嘘ついてたんだけど。実は、俺だよ。その"勇者"。」
そんな器じゃなくても絶対になってやる、そう決意をした。そして、俺は微笑んだ。

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