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ショートショート95:ミスの天才

 私の部署にはどれだけミスをしても異動にならない不思議な社員がいる。

 最近彼の世話役を仰せつかった私は、噂には聞いていたものの、そのミスの多さに改めて驚かされた。彼は最低でも1日1回はミスをする。細かいミスから大きなミスまで、それはそれはバラエティ豊かにいろいろなことを間違える。

 彼は注意力散漫でもなければ、反省ない性格というわけでもない。むしろその逆だ。一度したミスは絶対に起こさない。にも関わらずミスばかりなのは毎回毎回新しい種類のミスばかりをするからだ。

 しかし流石にミスが多すぎる。このままではいずれ部署の存続に関わるようなミスをやらかすと思い、私は上司に相談した。

「やっぱり彼、うちの部署でやっていくのは難しいんじゃないでしょうか?」

「やっぱり君もそう思うか」

「ええ。可能なら他部署異動も考えたほうがと」

「でも実態は逆なんだよ」

「え?」

「彼がいるおかげで我々の部署はこれまでさまざまなリスクを回避できたと言っていい」

「どういうことです?」

 上司はちらりと、デスクにいる彼の方に視線を送った。

「彼は確かにミスが多い。だが君も承知の通り、毎回毎回新しいミスをする。そしてそれが致命的なミスであることも少なくない」

「はい。だから困ってるんです」

「しかし彼のミスは常に小規模なプロジェクトでのみ発生している」

「それは彼がミスばかりしていて大規模プロジェクトにアサインさせるには不安だからでは」

「もちろんそうだ。しかし君が想定していることとは若干、認識のズレが有るかもしれない。我々が彼を小規模プロジェクトにしかアサインさせないのは、彼にそこでわざとミスを犯させるという意図がある」

「わざと?ですか?」

「ああ。彼が小規模プロジェクトでミスを犯すことで、同じことが大規模プロジェクトで起こらないようにするんだ。実際、彼のミスのおかげで防げたアクシデントはいくらでもある」

「……なるほど」

 私は上司の言葉に頷かざるを得なかった。それが本当ならひょっとすると彼のこの会社への貢献度は、私の比ではないかもしれない。

 上司は言う。

「彼はミスの天才なんだ」

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