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ショートショート04:残念な結末

出征前夜。
地元の寂れた神社の境内に、斎藤は幼馴染の友人4人を集めて言った。

「例のもの、持ってきたか?」

 月明かりの下の薄闇の中、友人たちはそろって首を縦に振った。
 頭上に広がる桜の青い葉が夏の夜の風に不吉に揺れた。

「俺たちは明日から自衛軍の兵士になる」

 斎藤は切り出した。

 2年前に海の向こうの国との戦争が始まった。1週間で終わるはずだという防衛庁の目論見は外れ、敵軍に捨て身の反転攻勢を許し、戦況は悪化のイットを辿っていた。そして10代の彼らにも役目が回ってきた。

「明日以降、俺たちの中の誰がいつ死んでもおかしくない。1年後には全滅しているかもしれない」
「ひっ」

 斎藤の言葉を聞いて友人の一人、川野辺が小さく悲鳴を漏らした。

「だから少しでも生きて帰ってきたくなるように、俺は1つ考えた。ここに煎餅の缶を用意した」

 斎藤は背中に隠していた銀色のブリキ缶を友人の輪の中に突き出し、蓋を開けた。中には1万円札を10枚まとめた札束がひと組入っていた。

「お前ら、持ってきた10万円この中に入れろ」

 友人たちは言われたとおりにした。斎藤が言った「例のもの」というのはこの10万円のことだった。

「この50万円が入った缶をこの桜の木の下に埋める。戦争が終わってもこの缶の中身が無事だったら、生き残ったやつだけでこの金を山分けしよう」
「し、死んだら?」

 川野辺が恐る恐る尋ねた。

「死んだら死んだでおしまいだ。死人は金を使えないからな。まあ線香代くらいは出してやる」
「そ、そんな! 僕絶対に不利じゃんか!?」
「たしかにお前弱っちいもんなあ」

 斎藤が言うと、友人たちは笑った。川野辺は幼馴染5人の中で一番背が低く、体力がなかった。反対に一番体力があるのは斎藤だった。

「今から返してもらうってことは」
「悪いな、返金は受け付けてねーんだ。出した10万円が惜しけりゃ死ぬ気で帰ってこい」
「絶対無理だよぉ。3日で死ぬよぉ」

 玉砂利の上に力なくへたり込んだ川野辺を見て、斎藤たちはまた笑った。

「ちなみにだけどよ、もし生き残ったのが1人だけだったら、50万円まるまるもらえるってことでいいんだよな?」

 上田という友人が挙手をして尋ねた。斎藤は頷いた。

「もちろんだ。もしも生き残ったのが俺だけだったらこの5万円は全額俺の懐に入る。だから俺としてはお前らが全員死んだほうが得だってことだ」

 斎藤は本気とも冗談ともつかない顔で、口の端を吊り上げた。

 翌朝、斎藤と4人の幼馴染みは同日入隊のほかの若者たちとともに、大勢の地域住民に見送られて基地直通の特急はましお戦時臨時便に乗り込んだ。

 1カ月の鬼のような新兵訓練を経て、5人はそれぞれ別の戦場へ送られた。

 斎藤が送られたのは南方戦線だった。

 新兵たちの間で「最も過酷」と噂されていた国防の要であった。昼も夜もない苛烈な戦場生活。一夜にして地形が変わり、仲間が死んでは足され死んでは足され、部隊の頭は何度もすげかわり、それでも不死身の怪物のごとく戦い続けなければならない。絵に描いたような地獄。鬼のような訓練期間が陽だまりの日々に思えた。幼馴染たちの無事を祈る余裕はなくなった。自分の命の心配をするだけで精一杯だった。

 そんな日々の中で、それでも斎藤が故郷への生還を諦めなかったのは、桜の木の下に埋めた金があったからだ。一生暮らせる額ではない。だが「たかが」と切って捨てるほどの額でもない。

 3年が経った。戦争が終わった。国は辛くも勝利した。
 斎藤は生き延び、故郷に生還した。

 夏の暑さが残る9月の夜だった。
 幼馴染みたちと約束した神社へ、斎藤は一人走っていた。
 田舎すぎて敵軍の空襲を免れた神社は、3年前と同じ姿をしていた。
 だらだらと続く長い階段を一足飛びに駆け上がり、玉砂利の敷かれた境内に足を踏み入れる。

 青葉を広げる桜の木の根本を、持ってきたシャベルで掘り始めた。汗の噴き出す額が土色に汚れるのも気にせず、斎藤は懸命に手を動かした。やがてシャベルの先に硬い感触を覚えた。

 ──頼む。

 斎藤は声に出さずに祈った。
 素手に切り替えがむしゃらに掘り返すと、銀色のブリキ缶がでてきた。
 土を払って蓋を開けた。中には少しだけ色の変わった札束が入っていた。
 10万円の束が五組。全部で50万円。

 「よかった、あった」

 安堵の息が漏れた。
 この3年間、空襲で焼き払われることもなく、見ず知らずの誰かに見つかることもなく、雨風に流されることもなく、ブリキ缶は木の根元にありつづけていたのだった。

 斎藤は少し汚れた5つの札束を胸に抱きしめた。
 そして自分以外の4人の幼馴染の顔を思い浮かべながら呟いた。

「けどまあ、残念だったなお前たち」

 口元を緩め、それから嬉しそうに背後を振り返る。

「結局5人で元通り山分けになんて、本当に残念だよ」

 斎藤が振り返った先には、彼に遅れて神社の階段を駆け上がってくる幼馴染たちがいた。

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