私はあなたに会いたかった

卒論発表したらちいさなおじさんが出現した話。
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噂には聞いていたのだ。このゼミの卒論制作では、小さい人間が現れるのだと。だから、驚いてはいけない。むしろ利用するように。親切なというよりもお節介な先輩の言である。横流しに聞き都市伝説だと唾棄して、悠々と中間発表に向かった。
そして筋肉隆々の白タイツと出会った。

白タイツの男が、くるくると円の中心で踊っている。
円卓の向かいに座る同級生と目が合った。これ、私たちの中間発表だよね? 小さい男と私を交互に見ながら訴えかけてくる。なんの答えようもないので苦笑いで返した。
パッと拍手が上がる。称えるようなそれは、小さな彼らが起こしたものではなかった。前方では軽くお辞儀をする友人がいた。済まない、全く聞いていなかった。そんな思いを込めて小さく拍手した。

そもそも、トップバッターの私の時に小さい人間は現れていなかった。一限の眠気の中で、最初だから緊張して聞いている同級生の顔を見て、逸る胸を抑えて、なあなあで終わらせたのである。異変が起こったのはその後だ。二番手が序論を読み終えた頃、ぽんっと音を立てて小さい男が現れた。教科書で見た事のある顔だった。背丈は15センチほどだろうか。うねった髪を七三にわけた着流し姿で、彼はゆっくり胡坐に座り頬杖をついた。そして発表が終わる頃、私たちと同じように発表者に拍手を送った。
どんな不可解なことが起こっても、時間中は講義に集中すること。これがこのゼミにおける鉄則だった。だからだろうか。一様に驚いた表情をしているのに、声をあげる人は居なかった。驚きすぎて声がでなかっただけかもしれない。ともあれ、鉄則のせいで私たちはその正体に気付いたものの、発表に集中する体裁を保つことになった。耳は発表者に、目は小さな人間に。教授は初めに一瞥だけくれて、そのままだった。
順に発表を終えていく。そのたびに男が一人づつ増えていく。彼らは私たちと同じように卓上で円形に座った。毎度円の中心から新しい彼が増えるものだから、召喚儀式に見えてくる。あとふたりで円が完成しそうだ。そう考えていると、隣に座る友人が席を立つ。
「はあ、緊張する……」
 そういう彼女は誰の作品を選んだのだろう。発表までの楽しみだと教えてくれなかった。

白タイツは周りの同じような小さいおじさんに見せつけるように、ポーズを決める。周囲は合わせて拍手を送る。さながらボディビルダーの発表会のように。
「――であるから、彼、三島はこの表現をしたのだと考えます」
 ホワイトボード前に立つ彼女はそう締めくくる。机上に集中していた同級生は、ハッとして拍手を送った。話聞いてた? と言わんばかりの目をした彼女は、仕方ないとため息をついた。
「ねえ、どうだった? 発表、どう思った?」
 私の隣に座りながら問う。小声といえども、彼らに集中して静かな部屋の中ではよく聞こえた。それに当たり障りなく答える。まあよかったんじゃない? 面白かったよ、興味深いし、新しい見識だった。異色の男に意識をさらわれて、彼女の発表内容はほとんど覚えていない。私にとって、後から確認できるようなものより、今ここに出現した謎の生命体のほうがよっぽど興味深いのである。彼女も知ってか知らずか、私の棒読みな感想に興味を示さず、近寄ってきた男を撫でた。
「それにしてもこの白タイツ、三島にしか見えないんだよなあ」
 研究対象をこのサイズで認識できるってなんて幸せなんだろう。彼女は恍惚の表情でぐりぐりと頭を撫でまわす。
 この男が突如として現れたのも、彼女が序論を読み終わったあとだった。資料を見ているふりをしていると、小さい人間の中心に現れた。
「それにしても、これもし本当に三島だったら、いろいろやばいよね」
 発表していた彼女も男が現れた瞬間を目撃していた。なにより彼女が一番驚いた顔をした。言葉につまったその時、教授と目が合ったらしい。時間が押しているから先に発表を終わらせろ。脳に響いた声が男以上に恐ろしかったそうだ。
「ゼミ生の研究対象がミニチュア化する話って本当だったんだ。せっかく現れてくれたんだし、とりあえず、割腹だけは止めなきゃ」
 彼女がそう意気込む目の前で、白タイツは身の丈に合った小さな刀を取り出した。私は視点を彼女に移した。どうしたものかと悩む彼女は目を閉じていて気付かない。何度交互に目をやっても気付かない。教授の講評が聞こえたが、構ってはいられなかった。
撫でつける彼女の指を鞘で振り払って、男はカッと目を見開く。
「ねえ、ちょっと、言ってるそばから」
 肩を揺らして言う。鞘が机上に転がる音に気付いた彼女がその男を見たとき、切っ先は身を貫いた。
「では、その小人たちはそれぞれで面倒を見てください。解散」
 ずっと素通りしていた教授の言葉が頭に響く。戸惑いの声が上がる。
白タイツは血の代わりにノイズを吐いて消えた。彼が消えると円になっていた小さな人間は、それぞれの発表者の元に歩いて行った。
「えっ、私の三島切腹したのだけど、どう面倒みたらいいの」
 友人は私の肩を揺らして訴える。揺れる視界で、ノイズから現れる白タイツが見えた。彼は彼女の資料を折りたたんでいく。
私の元にはだれも来ない。

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