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想定外

高校3年になって最初の保護者会は、講堂で行われた。
今までは全体会が終わるとクラスへ移動して、役員決めは各クラスで行われていた。
コロナ禍になってからは、クラス移動は無し、講堂内で役員決めまで行うスタイルになった。そのため、全体会での席はクラス単位で固まるように事前に座る席が決まっていた。

全体会が終わり、先生達が各クラスの塊の前に立つ。
いよいよ役員決めだ。
他のクラスの友達がどの辺に座っているだろうかと全体を見回す。
無事にみんなで同じ役員に決まるだろうか。
隣のクラスの友達と目が合って、お互い頷き合う。
立候補者はそんなに居ないだろう。
みんなと決めた役員を立候補して、サクッと終わらせよう。
保護者会の後は、みんなでお茶する約束だった。


入学当初、クラス役員は3人だったが、コロナ明けには2人に縮小されていた。
講演会班と文化祭班の役員2名を各クラスから選出する。

「どなたかお願いできませんか?」

先生の声が響いた。
隣のクラスは騒めいていて、数人が立っている。

私のクラスは、すぐには立候補者が出なかった。
やはりまた”決まらないクラス”を引き当ててしまったか。

「はい」
先生の近くにいた私は、控えめに先生にだけ分かるように手を挙げた。

友達と約束した講演会の役員を引き受けた。
先生が私の名前と共に引き受けてくださいました!と伝えると、拍手が起ったので、軽く後ろを向き会釈した。
くじ引きになる前に決まって良かった、という安堵の溜息交じりの拍手。

「文化祭の方は、どなたかいらっしゃいますか?」

あんなに人気だった文化祭班だけど、手を挙げる人は居なかった。
高3にもなると受験の大事な時期だしね。できたらやりたくないのかもしれない。

私は友達と約束通りの役が決まり、相方さんが誰になるのかを見守っていた。案の定、誰も手を挙げない状態が続き、くじ引きになってしまった。

くじ引きで当たった人は、保護者会に欠席の人でその場に居なかった。

予期せぬことが起きたのは、この後。
高3の場合、この役員のどちらかが卒業対策委員会(以降、卒対と呼ぶ)を兼務することになっていたから。普通なら役員二人が話し合って決めるが、その場にいたのは私だけ!
そして卒対は、保護者会の後に顔見せを行い、委員長決めなどをすると言う。

え、え、え、この状況まずい?

他のクラスの友達と目が合うと両手で〇の合図!講演会班に無事なった様子。
口パクで「そ・つ・た・い・は?」と聞いてみると、首を横に振る。
卒対だけは避けたいと事前に話に出ていたから、そうだよね、皆もならないようにするって言ってたはず。

たまたま同じクラスに本部役員の方が居て、いつの間にか私の横に来ていた。
「卒対、やってもらえませんか?」と。

いや~、私もちょっと困った顔をして乗り気じゃないことをアピール。
相方欠席、今いる役員は私だけ、卒対の集まりはこの後すぐ…この状況で、そのまま断り続けられる人がいるだろうか?
ど、どーしよー。卒対は全く考えていなかった。
ちなみに本部役員は兼務できないそう。

「…分かりました」
誰か知ってる人、卒対にいるのかなぁ。
役員が決まった時点で解散となっており、誰が卒対になったのかなんて気にしていない感じで、皆さん席を立ち始める。

クラス会が解散した後、友達の元に走ると
「卒対は逃れたわ!」とみんなが口を揃える。
私なっちゃったよーと経緯を話す。

卒対は、やりたくてなったのではなく、仕方ない状況でやむを得ずなってしまった役だった。
2カ月程の活動で終わる講演会班だけでなく、卒業式当日までがっつり活動する卒対の仕事もプラスされてしまった。
でも引き受けたからには頑張らなくちゃいけない。

「もう皆さん集まってるようなので!」と先生に促される。

そうだ、くじ引きでやっと決まったうちのクラスが最後だったんだ。
気持ちを切り替えて、卒対メンバーが集まる会議室へ一人急いだ。



このnoteは、卒対での活動、気付き、思い、トラブル等、記録として綴るために始めました。同じように卒対として活動する方のヒントやお役に立てることがあったら喜ばしい。
卒対は無縁だわ、と言う方もPTAの世界を少し覗いていきませんか?


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