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短編小説 | ハチ

茂みの中に入ると、そこに潜んでいた鳥たちが一斉に空へと飛び立ちました。

バタバタバタ、バタバタバタ。

空は青くて、雲は白い。

風が吹いている方向に、白い雲は流れていきます。

風があまりに気持ちよかったから、ふたりはそこに横たわりました。

「あの雲の中にはね、お城があるんだよ。」

トシくんは、そう言いました。

トシくんはまた変なことを言っている。

犬のハチは一応雲を眺めながら、そんな風に思いました。

それよりも、トシくんのポケットに入っているはずのお菓子の方が気になりました。

「あれは、人間だ!」

トシくんはまた興奮しながら言いました。

ふん。人間が空にいるわけないでしょ。

それよりも、早くポケットの中にあるお菓子をください。

ハチは、やっぱりポケットのお菓子が気になりました。

「ハチ!」

トシくんは学校から帰ってくると、いつもそうやってハチを呼んだのです。

呼ばれたハチは、やれやれと思いながらトシくんと外へ出かけて行きました。

寒い日も、暑い日も。

ふたりはいつも一緒にいて、その存在は空気のようなものでした。

空気のように当たり前のもの。

だから、トシくんの帰りが遅くなった日、ハチは心配になって必死にトシくんの姿を探したのです。

ハチが家にいないことに気づいたトシくんも、必死になってハチのことを探しました。

6時を過ぎて、いよいよ日が暮れそうになったとき、ふたりが再会できたのは神社でのことでした。

「ハチ、どこに行ってたんだよ!」

とトシくんは言いましたが、ハチの方にも言い分があります。

「トシくん、君帰りが遅いじゃないか!」

と必死にトシくんに訴えました。

でもふたりとも本当はとても嬉しかったのです。

トシくんのお母さんが死んでしまったのは、それから間もなくのことでした。

黒い服を着たトシくんは、ハチと一緒にいつもの草むらへと行きました。

しばらくそこで呆然と立ち尽くしたあと、草むらに横になったトシくんは、それまで堪えていた涙を流しました。

トシくんが泣いているところを見るのは初めてです。

トシくんが悲しんでいるのが悲しくて、ハチも一緒に泣きました。

そして、トシくんの横にぴったりくっついて、トシくんの体を一生懸命温めました。

ハチは、人間みたいな犬だった。

車から見える白い雲を見て、大人になったトシくんはそう思いました。

大きな会社の経営者になって、慌ただしく毎日が過ぎていく。

そんな時にふと見た雲が、ハチを思い起こさせたのです。

ハチ、僕はもうこんな歳になってしまった。

君はそっちで何をしてるんだい。

あの時、お前を探しながら必死に走っていたとき、本当は寂しくて涙が止まらなかったんだ。

そう思いながら、あの日、神社でハチを見つけたときのことを思い出すのでした。

「あの雲、大きいですね。」

運転手の佐々木さんが、目の前にある大きな雲を見てそう言っています。

「あの雲、人間の顔に見えないかね?」

そう言うと、佐々木さんは興奮しながらこう言いました。

「社長もですか?いや〜私も先ほどから人間の顔に見えて仕方がなかったんですよ。」

「本当かね、佐々木くん。」

「本当ですよ社長!」

とああだこうだ言いながら、トシくんを乗せた車は、たくさんのビルが並ぶ街の中へと走っていきます。

ハチ、ありがとう。

君がいなかったら、母さんの死は耐えられなかったよ。

そう思いながら、トシくんは改めて白い雲を眺めました。

大きい雲だ。

あの雲の中には本当に城があるかもしれないなと、久しぶりに、空の城をイメージしながら。






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