リリィ・レジスタンス【前編】

 没作品です。長いので二つに分けました。前編です。
 前編だけでも長めですが、一体的な流れになっていたためそのまま読んでいただくことにいたしました。
 ぜひお楽しみください。
 ではどうぞ!

 ぼくはぼくがキライだ。

 自分がない。
 ――僕は何でもできる。なんでも口にできるし、何もかもをそつなくこなすことができる。
 それだけの、ただ空虚なイキモノ。

 ヒトには社会性というものが備わっている。そのはずである。
 ぼくに欠如しているものだ。
 フツウのヒトは孤独を苦痛と感じるらしい。ぼくには理解できないけど。
 何も感じない。何もわからない。ただ、一人でいればうるさくない。
 ――何も感じたくない。ヒトのような苦痛を味わいたくはないから。

 平穏無事に、波風立たずに、人生の幕が引けばいいと思っていた。早く、早く、消えたかった。消えることが、全体の幸福の最大公約数だと思っていた。

「私と一緒に来ない?」

 あの日、君がぼくを受け入れるまでは。

**********

 平和な街の中を、ぼくはさ迷い歩いていた。
「ちょっと君」
 その声に僕はびくりとして振り向く。……警察か。
「……入谷 瞳くんかい?」
 正解だ。けど、頷くことはない。
 捕まりたくない。一人にしてくれ!
 走り出した。どこか、遠くへ逃げたくて。
 路地から路地を抜け、そのうち大通りに出て坂を下り、地下街に入って。
 ――地下鉄の駅。もうどうなっても構わない。ぼくは自由だ。
 改札に突入。ICカードもかざさずに飛び込んだ改札内。走って、階段を駆け下り、列車の行き先を確認。
 この方面なら、北関東のほうに抜けられる。
 発車ベルが鳴り響き、僕は満員電車に飛び乗った。
 旧型車両特有のやかましいモーター音が響く車内は、仕事が終わったサラリーマンで込み合っていた。高校生の制服姿も散見されるので、これといった特徴がない普通の高校生を装うぼくはほとんど完璧に紛れられていると言っていいだろう。
 きっと、警察の追手からも逃れられたはずだ。これ以上罪を犯したところで捕まらなければ問題もないだろう。
 ほっと息を吐いて、ドア脇の握り棒をつかんで――明らかに異質の轟音が聞こえたのは、そのときだった。
 停車します、と車掌さんの焦ったような声。おそらく列車無線と思しき声がマイク越しに聞こえ。
 眩暈が僕を襲った。
 列車が急ブレーキをかけたせいか、否、それだけではない。
 脳内がぼんやりとして、目の前が白黒とする。息苦しくなって、足元もおぼつかない。
 歯を食いしばって、深く息を吐いて、金属棒をなるべく強くつかんで、衝撃に備えて。
 滑る足元。車内は悲鳴に包まれた。

 なんだ。なにが起こった。
 眩暈が収まってすぐ、周囲を見渡す。……どうやらほとんどの人は同じような不調に襲われたらしく、車内はぐちゃぐちゃだった。
 吊革や手すりにつかまらないから……とは言いつつも、自分も自分で手すりから手がすっぽ抜けて床に転がっている。痛い。
 ぼく自身は骨が折れてるわけでもなく、ただどこかしらをぶつけていただけだったので、そのまま立ち上がれた。
 がやがやと騒ぎ立て喧嘩をする乗客たち。僕は耳をふさぎつつ、シートに登って窓を力任せに下ろして開けた。
 自分だけ抜け駆けするようだが、気にしていられはしない。車両内で醜い人間たちの喧騒を見ているよりかは、外に出ていた方がましだ。
 壁と車両のわずかな隙間を転がり落ちて、壁際を歩く。
 地下鉄のトンネルは狭い。車両と壁との隙間がほとんどなく、壁際とはいってもほとんど匍匐前進で列車の機器とトンネル側壁の間を匍匐前進で進んで。
 ……何のためにこんなことをしているのだろうか。本当は死にたくないとでも思っているのだろうか――。
 しかし、地震によって思考は遮られた。
 地震、轟音。否、これはただの地震じゃない。
 衝撃音は上から聞こえた。
 地下鉄の中で、上。すなわち地上。地上で、何かが起こっている。
 なにが起こっている。
 気が付くと、車両の下から抜けていた。偶然にも先頭車両に乗っていたことが功を奏した。
 ここからは立ち上がって、線路の真ん中を走る。
 半蔵門線、だいたい渋谷を発車して一分ほどで急停車したから、隣の表参道へはさほど離れていないはずだ。
 自分も都会育ちが故に足腰が丈夫とは言えないが、それでも一駅か二駅ほど歩く程度なら問題はない。
 怪我が痛む。顔をしかめて、しかしため息をついてまた走り出した。
 なにから逃げているんだ、僕は。警察か、あるいはしがらみか。
 異常な状況にあろうとも逃げ続けている僕は“異常”なのか。そもそも“異常”とは何か。異常と対をなすものは正常なのか。ならば正常の定義とはなんだ。
 逃げることに、何の意味があるのだろう。
 命を捨てるつもりの男に、逃げる意味などあるのだろうか。
 そもそも、なぜ逃げているんだ。
 答えのない自問自答の答えを検索して、いよいよ頭が煮詰まりそうになったそのときだった。
 トンネルの背後が崩落し、この狭苦しい地下空間に日光が差したのは。
 壁にたたきつけられた、鈍く黒光りする巨大ロボット。
 ああ、死神は気が早いらしいな。それが第一の感想だった。
 こちらから赴こうとしていたところだったのに、自分から迎えに来るなんて、相当僕の命がほしいらしい。
 否、死神は比喩だ。三秒程度、その金属塊を見つめて、ようやく気付く。
 これは、非現実の死神などではない。
 だが、ある意味その比喩は正しかったのだろう。

 これは、命を刈り取るための機械だ。

 巨大ロボットに合わせたサイズの巨大な銃。それも、アサルトライフル。人を――あるいは、対抗するロボットか――を壊す、殺すための銃。
 それを、そのロボットは片手にぶら下げていた。
 しかもその目の前の怪物は何かに吹き飛ばされてここに落ちてきたらしい。
 この付近は地下深いわけではないが、それでも上にはかなり多く土が乗っかっていたはずだ。
 すなわち、この程度の巨大な化け物同士が戦っている。
 この異常事態の、少なくとも一つの原因が理解できた。地上で、何者か同士が戦闘しているのだ。
 しかし、わからないことはもう一つある。
 そもそも、創作だけにしかないはずのものが、なんでここにあるんだ。
 巨大ロボットなんて未知の技術はこの世界にはなかったはずだ。アニメを元にしたレプリカくらいならあるらしいが、それでも戦ったりするようなとんでもない機動力など現在の技術では到底実現しようもない。
 アニメじゃない。夢でもない限り、ここはまぎれもなく現実だ。
 つまり……これは、どういうことなんだ。
 気が付けば僕は、目の前の不可解で不可思議な意味不明に釘付けになっていた。
「どうしたの、君」
 声が聞こえた。
 この甲高い少女の声が、目の前の黒光りする怪物から発せられたものだと気付いたのは、一瞬後のことだった。
「……死に場所を探していたところだ」
 歪曲的表現だが、間違ってはいない。さっき電車に乗ったのも、もっと言えば自分が家出したのも、すべては自分が死ぬための場所を探していたからだ。
「死にたいの?」
「ああ。僕に利用価値はないからな」
 少女の問いに、冷静に答える。
 僕には何もない。故に、誰の役にも立たない。誰のためにもならない命は消えたほうがいい。
「そんなことないよ! 死ぬなんて……」
「君に僕の何がわかるんだ」
「でも……」
 少女の声は、微かに震えていた。
 気にしないでくれ。出会ったばかりの少女に心配されても迷惑なだけだ。
「ちょうどいい。邪魔だろう」
 僕は言い放つ。

「殺せよ」

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