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投げたら届いた

軟式のテニスボールが歩道に転がっていることがある。その歩道沿いにテニスコートがある中学校のものだ。ボールが外に飛び出さないように、3メートル以上はある電柱のような柱が並び、緑色のネットが張られている。それでも時々、ボールは飛び出すらしい。拾って校庭に戻してあげようかと思うこともあるけれど、網は高い。柔らかいボールとはいえ、網目から通すこともできない。最大級の親切を発動して手渡すという手もあるが、校庭の入り口は遠い。

置いておけば、部活終了後に彼らが集めに来るだろう。放っておけばいい。

この間の日曜日も大勢で練習をしていた。顧問の先生も大変だなあと思いつつ歩いていると、目の前にテニスボールがぼとんと落ちて来て、転がった。目の端に、こちらに向かって走ってくる中学生が見える。彼がボールを拾うつもりなら、反対側からぐるっと回ってこなければならないのに…。

思わず目の前のボールを拾ってしまった。「すみませーん!」と少年は無邪気。
返すには、ボールを高く投げ上げなければならない。コート内には生徒たちがいて危ないから、コートの外を狙って投げ入れた方がいい。

球技は普通に得意だったからできる…と感覚的には思うけれど、実際に今でもできるのかどうかは自信がない。だからこれまでも歩道のボールを放っておいたのだ。できると思って投げたら網に当たって戻ってくるなんて、カッコ悪い。

でも拾ってしまったし、彼は待っている。
だから思い切って投げ上げた。

そしたら、ボールは思った通りの軌道を辿って、彼の元に届いた。
「ありがとうございまーす!」と、ボールを拾いながら中学生の声、元気。

めちゃくちゃ嬉しかった。
ボールを投げたのは何年振りだろう?

ボールと一緒に、数日もやもやしていたことが飛んでいった気がした。やればまだできるんだ。こうなったらどんどんこっちへボールを飛ばして頂戴、どんどん投げ返すわ…って思ったけど、まあ、たぶん、3球目には届かなくなるんだろうな。いや、2球目かな。