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雨に濡れ手も

 風が強く、ときどき雨がぱらぱらと降った。右手で傘の柄を持ち、左手は今にも風に煽られそうな傘の縁を押さえて風に立ち向かう。どうして透明なビニール傘にしなかったんだろう。前を歩く人の足元だけが頼りだった。

 前を歩く人の足元。底が5ミリのもない薄いサンダルに素足で、濡れることを厭わずにすっすと進んでいく。二十数年前、スコールの多い町でこういう足をたくさん見ていた。「どうせ濡れるし、すぐに乾くさ!」と、その足たちは語っていた。私はといえば常夏なのに素足には慣れず、スコールに遭えば濡れ、建物に避難すれば冷房で冷えて、足の指がつるのに耐える数年だった。

 雨に濡れるだけならまだしも、アスファルトの上を這ってくる雨水に足が浸るのはいやだ。足の指の間を水が這う感触……。

 海、砂浜。砂浜を素足で歩いたのはいつだろう。熱い熱いとプールサイドをつま先で飛ぶように歩いたのはいつだろう。そういえば、子供らが幼稚園の頃には広い芝生の園庭があり、その中では親も子も靴を脱いで遊んだ。芝生のふわふわちくちくする感じは懐かしい。

 最後に素足で地面に触れたのはいつだろう。家でもスリッパを履いて、私はいつも地面や床から数ミリ隔たっている。親しいのはユニットバスの床だけだ。

 前を歩く人の脚がどんどん先へ行ってしまう。雨が気にならなくなったから傘を閉じ、私も急ぐ。薄い水たまりを迂回する。遠くからそれとなく迂回する。水たまりをびちゃびちゃするのが楽しかった子供の頃を思ってみたけれど、そういう子供だったような気もしない。