54.面会謝絶

その翌日の朝、出勤前の時間に彼は面会に来ると
「オヤジと話しした。もう来るなって言っておいた」
と言いましたが、これまでの舅らの言動を思い返してみると、それはないなと思いました。

案の定、朝食がすんで間もなく姑が来ました。
不信に思い窓の外を見ると、駐車場に舅が乗った車が見えました。

また前日とおなじ姑の繰り言が始まって間もなく、看護師さんが子どもを沐浴させる為に病室に来ましたが、姑は挨拶もせず壁を見つめて看護師さんが出ていくまで口をぎゅっと結んでいました。

看護師さんは、前日の姑が帰った後の憔悴しきった私と、孫がいるのに全く楽しそうではない姑の様子に何かを感じ取ったらしく

「何かあったらナースコールしてくださいね」

と言って病室を出て行きました。

車に舅を待たせているのにも関わらず、姑はお昼になっても帰ろうとしませんでした。

昼食を運んできた婦長さんが

「昼食後は安静の時間になりますので、どうぞ今日はこの辺でお引き取り下さい」

と姑に声を掛けると

「あら、そう」

と姑は婦長さんに顔も向けず言い

「明日も来ますから」

そう私に言うと病室を出て行きました。

出産後、過食嘔吐に意識がいくことはありませんでしたが、トレイの上の昼食を眺めているうちに、うまく一気に嘔吐し終えた後のあのスッキリとした気持ちがふと恋しくなりました。

多分私は、飲み込んだ言いたいことや、心の奥に沈めこんだ負の感情を体内から排出する為に嘔吐しているのかもしれない

そんな風に思いました。

翌朝目が覚めるとすぐに
「明日も来ますから」
と言う姑の言葉を思い出し気持ちが沈みましたが、その日は母乳マッサージがある日なので気持ちをそちらに向けて、看護師さん達に明るく振舞っていました。

長年、摂食障害でボロボロの食生活だったにも関わらず産んですぐ母乳はシャワーのように出ました。
授乳タイムはとても不思議でなおかつ心が落ち着く時間でした。
誰にも教わることなしに、むせることもなく上手におっぱいを吸いながら私の目を見てくる子どもが可愛くて愛しくて、いつまでも抱っこしていたいと思いました。

気が付くとこれまで姑が来ていた時間はとっくに過ぎていました。
憂鬱な気分で待機していましたが、一向に姑は現れませんでした。
モヤモヤしながら待っていることができず病室から顔を出してみると、入口に何かが下げられているのに気が付きました。

廊下に出て見てみるとそこには
「面会謝絶 御用の方は看護師にお知らせください」
と真っ白なプラ板に赤字でそう書かれた札が下げられていました。

部屋に戻り、いつの間になぜ私が面会謝絶になったのかを考えているうちにお昼の時間になりました。
「お昼ですよ~」
ニコニコと配膳に来てくれた看護師さんに
「あの…あの札、入口の面会謝絶の札?」
と聞きました。
すると
「産後のお母さんの心身の回復の為にも、面会は遠慮してもらう方がいいだろうという婦長の判断です」
と教えてくれました。
急なことに戸惑って返事ができずにいると
「大丈夫ですよ、旦那さんやお母さんのご両親は面会にお通しするように全員に周知されていますから」
と柔らかい笑顔でそう続けると、看護師さんは出ていきました。

母親学級に出ない私を叱ってくれた婦長さんは、妊娠後期になり逆子だと判断され、逆子を治す為に点滴をしながら外回転術を受けた時も、ずっとそばにいて色々な話をしてくれました。
その時も私は子どもの事、仕事の事、自分の両親の事以外は話題にしなかったので、婦長さんは私は旦那側とうまくいっていないと感じとっていて、更にここ二日間の姑たちの面会での私の憔悴ぶりを見て、私と子どもを守る為に面会謝絶にしてくれたのだと思いました。

感謝と嬉しさで次々涙が溢れてきました。

その後、婦長さんが病室に来た時に
「面会謝絶、ありがとうございます」
とお礼を言うと
「当然です」
と毅然として言った後で
「退院したら、お母さんが守るんですよ」
と優しい笑顔を向けてくれました。

私は泣きながら何度も頷きました。

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