35.野放しの性犯罪者は誰のせい?

通勤ラッシュの電車に乗れない症状は続いていました。
でもこのままじゃいけないと思い、比較的すいている平日の昼下がりの電車を選んで乗ってみました。

車両内は空席はありませんでしたが、立っていても誰かと体が触れ合うことはないくらいの乗車率でした。
私は具合が悪くなったらすぐに降りられるように乗降口付近に外を向いて立っていました。

何駅か過ぎた頃ふいに背後に気配を感じて振り向こうとして、思わずのけぞりました。
私のごく近い背後に男性がいて、ニヤニヤしながら私の体に下半身を何度も押し付ける仕草をしてきました。
のけぞった反動で私は乗降口にある手すりに体をぶつけて大きく体が傾いたので、座っていた乗客の何人かはちらっとこちらを見ましたが、男が何をしたのかは分からなかったと思います。
よろけた私を支えるように男が腕を伸ばしドアに手を付いたので、私は男の腕と乗降口の壁と座席シートでできたコの字型の空間で、その男性と向き合う形になりました。
壁ドンのような体制になっていたので、男と私は周囲からみたら何らかの関係性がある者同士に見えていたかもしれません。

ストーカーとの事が急激に脳裏に蘇ってきました。
あまりの恐怖に鼓動が早まり、呼吸が荒くなり体が硬直してくるのを感じました。

その時、ドアが開き男の腕がドアから離れました。
何人かが私の横を通って降りていきましたが、誰も私の異変に気付く人はいませんでした。

早く降りないと!

そう気持ちは焦るのに、足が思うように動きません。
それでもなんとか開いているドアに手をかけて、そのドアを押す力の反動でホームに転げ出ました。

すぐに立って逃げようにも足に力が入りません。
私は少しでも男から離れようと力の入らない足を引きずるように手でホームを這い進みました。

背後でドアの閉まる音がしました。
駆け寄ってきたのは、男ではなく駅員さんでした。
そして足も手も擦りむき、安堵のあまり涙が止まらない私を心配したのでしょう。私を駅員室まで運んでくれました。

道具を貸してもらい、軽く傷の手当てをしているうちに気持ちもだいぶ落ち着きました。
駅員さんに何があったのか聞かれましたが、あの男のことは言えませんでした。
痴漢された証拠もありませんし、男性である駅員さんに状況を詳しく説明すること自体が想像しただけで苦痛でした。

駅員さんにお礼を言って駅からでましたが、全く知らない町でした。
帰ろうにも公共交通機関に乗る気分にはなれず、タクシーも料金の予想がつかず駅前でウロウロしているうちに、彼に海ほたるで言われたことを思い出しました。

仕事中だと思うので痴漢のことは伏せて、今いる場所と帰るのに電車もバスもタクシーも無理という内容のメールを送りました。
当時はラインはなく、相手がそのメッセージを見たかどうかは知りようがありませんでした。

電話が来たのは1時間も経たない頃だったと思います。
開口一番に
「どゆこと?なにやってんの?」
と聞く彼に、どう説明しようかと思い口ごもると
「いやいい、後で聞く。今まだ行けないから、どっか近くのファミレスにでもいてくれ」
きっと忙しかったのでしょう、私の返事を待たずに電話は切れました。

迎えに来てくれた車の中で経緯を話すと、彼はしばらく無言になり
「警察行かなくていいのか?行くなら一緒に行くけど?」
と聞いてきました。
彼としては、自分の彼女をそんな目に遭わせた男を放っておくわけにはいかないと思っているのが分かりました。
「証拠もないし、もう思い出したくない。ごめん、もうこの話はしたくない」
そう言って話を終わらせると彼は
「野放しじゃん」
と呟きました。

彼の呟きは本当になんの意図も裏もないものだと分かっています。
でも私にはそうはとれませんでした。
認知の歪みのある私の思考回路は
「野放しにしてるお前が悪い」
という風に変換して受け取りました。

「じゃあさ、どうすればいいわけ?」
その言葉を皮切りに、私は激昂しだしました。




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