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万葉の恋 第10夜

無理をしていたんだろう。

病室に戻ってきた彼女は
すぐに目を閉じた。

彼女が眠ったのを確認した三上は
担当医の話を聞いてくると言って
病室を出て行った。

傍にあった丸椅子に座り
眠る彼女を見る。

4人部屋には彼女しかいない。
入院したのは、1カ月前だと言っていた。

ずっと、1人だったのかな・・。

青白くうつる顔。

さっきまでの彼女とは、
全く違って見えた。


~・~・~・~・~・~・~

気になっていた本を
スマホで読みながら、右上に表示
されている時間に軽くタメ息をついた。

まだ、かかるのかな。

!!

ふと彼女が目を開けた。

「大丈夫ですか?」

私の声にゆっくり視線を動かす。

「あぁ・・レンカさん・・私」

「少し、眠ってました」

1時間、経っていた。

「隼人は?」

「先生の所に・・」

「そう・・。ごめんなさいね。
驚いたでしょ」

「・・そう、ですね。ビックリ
しました」

私の言葉に、なぜかフフっと笑う。

「ホント、ごめんなさい」


「あっ、いえ、私は・・」
「ありがとう」


・・・ありがとう?

彼女は優しく微笑んで
言葉を続けた。





「“お嫁さん”の役、
引き受けてくれて」


・・・。


私の表情にまた笑った彼女は、
ゆっくり体を起こそうとしたので
手を添えた。

ヘッドレストに背中を預けた彼女が
ふぅ、と息を吐く。


「隼人が、女性を愛せないのは、
知っているわ。」

っっ!?


私の表情にまた笑う。

軽く組み合わせた手元を見ながら
彼女は、話始めた。

「あの子、私が言うのもなんだけど、
いい顔しとるでしょ、だから、
それなりにモテたのよ。何度か
“彼女”って言って連れて来た女の子
はいたけど・・すぐに別れてた。
それも、いつも決まって“振られた”って
言うの。そんな時に、
あれ高2の時やったかな?
夏休みに、サッカー部の先輩を
連れて来てね、なんか、“彼女”を
連れて来た時より、こう、
恥ずかしそうで、でも、嬉しそうで。
そしたら・・」

言葉を止めた彼女が、こっちに
身体を倒してきたので、私も耳を寄せた。

他に誰もいないんだけど・・

「キスしてたのよ」

っっっっっ!?

あいつバカなのか

母親に聞かせる言葉ではない。
言葉が飛び出ないように
両手で口を塞いだ。

そんな私を見て、
彼女はクスクス笑って離れた。

「ホント、わが息子ながら、
馬鹿だと思った。親がいる時ぐらい
もうちょっと、警戒したらいいのに。
・・それにしたって、まぁ・・・
ショックよね。
話に聞いた事はあったけど、
まさか自分の息子が・・。
私の育て方が悪かったのかって
もう、どんなふうに気持ちを
持っていっていいのかわからんかった。」

・・・・。

病室の窓からは、西日が差込む。

「“普通”じゃないと思った」

少し、まぶしそうに目を細めながら
窓の外を見て、大きく息を吐いた。

「でもね、ある日、思い出したの」

手元に視線を戻した彼女は
言葉を続ける。

「隼人、3才の時に交通事故にあってね。
私が少し目を離した隙だった。1人で
店の外に出とって。駐車場で
バックしてきた車に・・。
ICUでたくさんの管に繋がれた
あの子を見て、願い続けた。
何もいらない。
生きていてくれれば、
何も望まない。
生きていてさえくれれば。
あのまま隼人がおらんくなってたら
きっと私は生きていけんかった」

・・・・。

軽く組んでいた両手は
いつの間にか、爪痕が残るほど
強く握りこまれていて、

自然と、彼女の手に
右手を重ねていた。

私を見て、笑った彼女が
今度は、私の手を挟むように手を重ねる。

「隼人は小さい体で頑張って
戻ってきてくれた。きっと私の為に。
泣く事しかできなかった私の為に。
でも、時間が過ぎていく中で、
目の前で元気に笑うあの子を見て、
忘れていったのね。あれだけ、
何も望まない、
生きとってくれればいい
そう、願ってたのに。
いつの間にか、
誰が決めたかわからない“普通”に
あの子を当てはめようとしとった。
それに気づいてからかな。
隼人は隼人のままで、
あの子のままで
いてくれればいいと思った。
そして・・・私も楽になれた。」

一息ついた彼女は
淋しそうに笑った。

「でも、自分の病気がわかった時、
少しだけ夢を見たくなった。
隼人がお嫁さんを紹介してくれる夢。
・・だめやね、欲深くて」

欲深いか・・


「ここだけの話に
してもらっていいですか?」

私の言葉に不思議そうな顔で
頷いた彼女に、はっきり伝えた。


「私・・彼が好きなんです。
たぶん、初めて出会った時から。
恋に落ちたんだと思います。
けっこう、しんどい片思いです。
・・しんどすぎて、逃げるように
結婚してみたけど、やっぱり
ダメでした。私の生活には、もう
彼が必要で、彼がいたから
仕事も頑張れたところもあって。
だから、この役も結構嬉しいんですよ。
私も夢を見たいんです。
彼の傍にいる夢を。」

彼女に向けて
左手の指輪を見せた。


何度か頷きながら、
微笑む彼女が、私の左手をとる。

「ホントにありがとう、
あの子を想ってくれて」

「いえ」


「指輪、綺麗・・」

言いながら、
私の左手を目先に近づける。

「・・それにしたって、あの子、
結構お金持っとるとね」

「これ、50万だそうです」

彼女の目が大きく開かれた。

「ご、・・ホント、バカなのは
変わっとらん。レンカさん、この後、
この指輪どうすると?」

「売ります」

私の答えに楽しそうに笑う。

やっぱり、
昔の三上とそっくりだ。

嬉しくて、私も笑ってしまった。

「こんなに優しい人と出会えた
隼人は幸せモンやね。
・・私も甘えてよか?」

「・・はい。」

そっと、手を離して、
私をまっすぐ見た彼女。

「私がおらんくなったら・・
もちろん負ける気はないけど。
もし、万が一ね、そん時がきたら
あなたが傍にいる事が
できる時まででいいから、
隼人に言い続けてほしい。
“もう、自分の為に生きて”
“自分が幸せになる道を
みつけなさい”って。こんな事
あなたに頼むのは・・酷な事
だとはわかっとるとけど・・」


こみあげるモノを抑える為に
手を握りこんで、口角を上げた。

「じゃあ・・私、お母さんを
利用しますね」

「え?」

「お母さんから、ずっと言い続けてって
言われたからって、理由つけて
ずっと彼の傍にいます。」

フッと吹き出した彼女と
また笑った。





また、眠った彼女を確認して
病室を後にする。


さて、探しますかね・・。



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